▼詩

新詩集『みんなを、屋根に。』

新詩集『みんなを、屋根に。』







※09年9月思潮社刊『頬杖のつきかた』の傍らと以後につくり、
自分で満足している詩篇をアップしておきます。
詩集としての編集ではなく暫定の並びです。
詩篇はネット発表後、随時足しこんでいます。





【手】


手は
手にあらざるものを
通過して
透明をつかんでゆく
麦が透ける向こうに
夕陽がみえ
手は無為になろうと
真夏を垂れる
捕縛を待つ
滝の手は
やがて夜の流れにも挿す
手がそうして殖える






【丹頂】


失地を回復しようとして
田上に丹頂は降りる
はためかす翼が背景におよび
いまし田野も翔ぼうとした

睛の周りに点じられた真紅が
地上に変わらない千年を見据える
あらゆるものが赤かった残欠
補色から補色へ跳ぶ、記憶の正統

さばえ、唸り上げるものに
風景が近づける神を生じて
眩暈とともに頭上も黄金ニ入ル
鶴は翼をさばえなそうとして、

その嘴からは蚯蚓をぽたぽた落とす
災難だった――芹田に芹なくて
翼の匂いから草が湧かないのは。
空に棲むまえが湿地の一族だったのに

空を飛んで全身は冷たく凝血した
罅割れが空の罅割れを長く渡ったあと
片脚立ちしたその全身、鱗の遠近法が
風景を割って出る坂を密かに形づくる

お聞き 空には坂があまたある
わが姓は「空坂」 名は永代なし
人語を超えた語も叫喚でしかなく
遠くと遠くを結ぶ のみどが血塗れ

知るか 沼など空からは穴に過ぎぬ
地軸の傾きを身にべったり帯びるために
二羽で墜落を遊戯することもあるのだ
季節を統べる驕りはこの地軸感知による

あるとき地平に季節種が一斉に出て
その一種にしかないことは、事後の何か
翼の熾す孤独な電流に空が染みて
その影のもとにしか人間も頭もない

ささくれて天と謂えばいいのだろうか
天に八岐もあると告げればいいのか
翻意を洩らすまえに灰を帯びた双つ翼は
あらかじめ今生の身に別れていて惨憺

空に飛び出しわさわさする身に罅が入り
その亀裂が 風の遊び入る浮力となる
この姿が一個の懇情などと高を括られては
やがて雷鳴ニ入ラントスル矜持がすたる

こんもりした地上にいっとき留まって
婆沙婆沙と騒ぎ 鳥骨の構造を自ら砕く
骨は翔ばない、精神が浮力を得るのみ
溶ける大らかさで空とともに悲遊する

大悲と呼ぶにふさわしいこの恩寵は
我が身と背景から切にもたらされる
ただ種族の掟は「一過」にも満たない
おまえの眼にただ傷をつけるだけの






【腹筋】


笑うためだった
横隔膜は鍛えられないので
腹筋を鍛えた
不安な
雲の峰のようになって
性愛のとき
下腹に夕立が流れた
都市は動いているか
足許では女が
横になっただけではなく
夏を流れている
腹筋のうえの俺(魂、)
ひん曲がりながら
どこに立ってるんだ
夕焼け ぎらぎら






【薙ぐ】


ふくざつを排すのは
なぎゆくこの身だ、
身を文にひたして
百草を編まず狩り倒せば
みなもの地紋が
足からのぼりだして
一身が炭酸の塔
風路ともつながる
そうなれば愛す身は
対象のうえに剰り
接線を崩れてゆく
コンナ愛シカタ
植物の昆虫にあったか
世に八角形のものを
めざとくみつけては
蜂の尾を振る
振って小さすぎる
水滴を頭上に爆ぜる
お前だ蜂角形
部分の植物は薙ぐ






【トウキョウサラダ】


まものになる
いまのせなかだって
すいめんからはななめだよ
跳ぶかもしれない

ひとびとは藻のようなものを
交換する
セックスのなにが健康か
ひっくりかえしたり
ぶちまけたりしながら
ばらばらになった四肢が
だんだんひかってゆくだけ
こんな港さえもが未来だと

物乞いしてあるいて
あごのしたに嘆きがふえる
こびとになればさらに
眼に映るこびともふえる

光芒のようなものが
全景を通過体にして
垂直の桟橋、きれいだなあ
縦に跳ぶ鳥、破滅のいきおい
割れた音を必死に出すのを
手許に放さずつかまえて
ひしょう――卑小のピエタ
泣くために
死にちかい者を捕獲した
それが、おまえ

ホテルにいたんだ
金貨といっしょに
生き死になぞは財布、とおもうから
消えた者とした貸借だけが気になる
からだを冷やすため頼んだくだものも
とおくに置けばのきなみ砂金となって
食べられない水辺の日々もつづく
川沿いでは からだ、
「からだ食べたい」(どの次元で?
(はらわたのないかげろう
の次元でだろう、たぶん

さあ、自分を、自分に

ゴーストや記憶や義手など
霊的なものをあつめては
酢と塩と油をかけ攪拌する
くちに運ぼうとすると
そこに帆ではなく
やはりかげろうがいて
わたしのシャツとおなじ模様だった
つくづくこどもだとおもう

ニースふう(『ニースについて』)
笑い方のそよかぜ。
そういう彼岸が着実にあるから
あれこれひかる
トウキョウサラダも
サラダなのに液体だった
泪みたいに液体なのだった






【小だらぼっち】


眼を閉じた箱として
わたし歩くあるく箱
足許の水溜りの論理で
頭のなかのもやしが
黄色くびしょ濡れになる
わたし歩くあるく箱
(こんなのが給水なんて)
ぜんまいはわたし撫でた
少し湿って寂光土の皺々
蔦が疑問符をひねりだす
風景も鏡だらけに照り返し
皺いがい何事も嗅がない
わたし歩くあるく箱
虹の根がみたいなあ
八幡平から追分山へ
実る青林檎に沓をかけて
点在の愁いと鐘の音
ゆっくりと昇ってゆく
百歩で粥の世など抜け
わたし歩くあるく箱






【かまくら】


うすい水田を
うきあるく人のはるけさ
うすさとはるけさの融合を
一身にあつめては
空を、並列の孤独で截る。

春隣と秋隣にはさまれて
夏に隣はなかった
ともすれば墜落への天上に
季節外れ、女の琴が
諦念の錦を飾っただけだ

かぜにしき、
天心から頭を引かれて
郵便受のつづくそこを
奥へ奥へと重く訪ねた
地名だろうか――、蔑称?
久しぶり会う人びとの
瞳は白地に紺で描かれる。

稲村ヶ崎、
いちばん海にちかい郵便受が
風に受口をひらくのを
熱せられた夢に幾度も見る
喰われるイチヂク
その総体をおもう以外に
おもしろい物語がない
とおもっていたら 木の電柱が
四つ足で休んでいた。
波が来ている。

カーテンに風が
黒をはこんでくる
白砂として身が暮れて
別の身は希望の減る東に
ぽつねんと残されてゆく
割れた経緯は
それが水でないかぎり
受けるコップもない

もっと休むんだから
最終で帰らんぞお
江ノ島電鉄が海辺をゆき
踏切が最後を鳴る
それを遠く感じながら
人びとは肌の湿りから
ゴールデンジャズを吸いあげる
とうろう、のようだ
真夜中ちかくには
何かが円陣になる と知る

そんな次第で
不意の集まりもわれわれになる
けれども個体の芯は静かで
夜明けには一枚の板へと
均されてゆくだろう
清潔はうすい、と唄うわれわれは
移動する荷台にひしめきつづける






【買おうとしている手袋】


生活のセーターを
胸にあるまま胸に戻してゆく
あらゆる棒を
ほどきのもとと捉えて
今日ゆく脚の自らをまぶしむ
わたしは片々たる灰色だが
枯葉の道は渦巻いて
傍らの家々に 窓々に
濡れない海をはこんだ
そんなふうに収まる蟄居がある
多くを往路のおわりに視る

生活。十一月はせりあがり
温みに霜柱を幻覚する
地中から最後の舟が
次つぎ出発しようとして
冷たい火事のただなかにもいる
内側に折れる視線というか
つましい眼底の保持感覚で
第一の生活がつくられるなら
一人であるための漫歩は
木立の切れたあたりで
「生活の中締め」
地中と天上がふきあげ状に通じて
何ごとか後姿の
エロスのようなものも舞うから
晴れわたった透明に
血のにじむ流転を知ってしまう

伸ばさない。生活に準じて
一介の無名となる、手の収め方
買おうとしている手袋は
拳にあるこの虫の息を
ひそかに待っているだろう
ともるや






【路傍霊】


幾何よ、いくなん
曲学阿世はまがりおもねる
秋は かどいくつ越えて
路傍霊の淡い拡がり
枯葉を肩に積んでは
もえる銀の実たべた
(陽の痕になってゆく

木のぼり上手が
千年ぶらさがっているなら
へちまと揺れろ以後百年も
泥-警の在世の間に
経済の折れ線グラフを泳ぎ
あなた曲がるぶらさがる

花粉浮く大きな湯船を
巡礼とともに通行する
誰も入っていないのに
すずしい亀頭
その数々だけが見えた

あるく植物たちの秋
炭焼き円のあの寝床まで






【脂のきいろいベーコン】


犬のうずくまる橋は橋ではない
しょんべんの切なる匂いだろう
川端に柳の似合うのは無論だが
わたしも一身にふともも巻いて
ぺんぺん草の世情をたもとう
しかし頭蓋はどこなのだ

ベーコンの燻製臭が好きだから
生にて椅子をこらしめる
椅子を女にして
その悲鳴も四つ足にする
それだけ、それだけの一人獅子舞
きいろ いきろ きいろ

鳥の割れる空は空ではない
あれは六甲颪のえがくpie in the sky
指令:「チキン・パイを負え」
指令:「アリス・イン・パリスを追え」
わめきすぎた。目脂に両目縫われて
あたかも絵空事のブルドッグよだれ
性愛なんざも背後に貼りつく幻影で
きいろ いきろ きいろ






【いない、】


女とはいないものだ
いない秋にいない空にいない
かわりに裸木があって
かわりにある裸木にもいない
道のかたち、枯葉のじゅうたん

いないところに風が吹き
かつてそこに蚊柱があった
とおもうがもう蚊柱もいない
ちいさなうなりもいない
いない蜂がいないひかりに舞って
いない女のおもかげ
なにも吸えない蜜にも
いない女がいない






【秋が落ちない】


遠い風に眼が胎んで
夢の、海の坂
蜃気楼がみえた

わたし以外を抱くため腕を伸ばすけど
このわたしは散らかせない
こどもの町の飴玉にも
気球が浮いて
ずっと秋が落ちないでいる

ぱりぱり割れる前のそこ、天国
色水がおいしい場所
針山にもゆかず
玻璃だけをずっと踏んで
あゆみもおたまじゃくしのように
自分の影だけは掻く
そうして対幻想になったかな
おとなにならずに

きみがまぶしい眼差しなのは
ぼくが炎えているから?
空にものぼる坂が一杯だ
晩からは漁火もゆれて 魚津






【みんなを、屋根に。】


葉のような者には
合成と視界がちかく
これからは分け入ってゆく
澱粉と葉脈でいっぱいだ。
渡ることと鳴ることが似て
眼前も濡れだしたまま
おのれを塞ごうとした。
そんな縫合手前をいつもゆく。

粒でできた地上の
より多くなろうとする期待に
背負った魚嚢で
こうしてつながっては
行くたびに世界の水槽が
数として殖えた。
工場につくられるものがある。
ファインダーを覗く姿は
魚でなく鱗でもなく
しずかにとまる瘤なのだが、
内部が一媒質になれば
葉であることもただ雫して
実体でなくなってゆく。
だから何の証書だろう。

わたしら妖なる者、
こうもり傘をもち
長野の田をわたる。
感官が非所有になって
いよいよ境を恋着する。
この歩きは書かれていない。
右あしと左あしの交差は
ゆれつづける固有幅なので
行路を倍数でも数えない。
かぞえなくなって
埠頭に似たものが田に消えてゆく。
路傍もわたしらをただ掃く箒、
ひと日の作業表が去った。

もともとみなが登録でなかった。
だから行くたび野合して
濡れた肌をわらった。
見分けがつかずたのしかった。
空がふいに晴れて
あらためて窓々には
映る雲が湧いていたとも気づく。
迂闊が音楽のように反響した日
ジャングルジムも雫していた。
それを肴に酒をのむと
部屋を花の香がよぎった。
人格でなくなってゆく。
むしろ花格のようなものへ
月殿のようなものへ。

死者の真似をすることは
地方によっては
歩きかたを変えること。
両腕をまえに突きだし
その日たまたまの袖の模様を
歩きの牽引にしてみる。
みんな裂〔ルビ:キレ〕だねって
泣きわらい 確かめあって
個別がただならないとも知った。
一人ひとりのあすだった、
破滅への差異だった。
それでさらに手からあるき
仕種に毒をまぜてゆく、
思考の瘤をみがくために。

だから何の玉ということはある。
いっぱい銀いろが溜まっていたんだ。
そんなことはとうにも承知で
壷からそれぞれが魔法のように
こうもり傘をひきだして
それを天下にかかげながら
長野のまよなか
あおくなった傾斜をおりていった。
作業がおしまいときまり
みらいにも草が降りだして
ぎん梅雨は暦をそれ
何もかもがただ草色になってゆく。
そんななか個々が苦虫をかんで
ゆっくりなら観察できるから
暗転もわるくないとおもった。

弁当箱に草をつめてここに来たんだ、
眺望だけを愉しみに見栄を張ったんだ。
このていどの心のうごきが
生きてきたあかし哀しみになるなんて
ばかやろう、生活は何の瘤だ。
風夜の辞令を容赦なく浴びて
以前よりもっと袖であるいているぞ
わたしら分限者が路上を割っているぞ。

視界にあらわれていた謎を棄ててきたが
行くたびに世界の水槽は
数として殖えていった。
そんな消長に気づいてなすべきこと、
みなでシャッターを押すこと。
待機中はひたすら
かしゃかしゃいわせて
あぶりだす世界をさらにまわす。
まわすことで そのしかめっつらを
一定の長さへ流してゆく。
やがてはと息を留保するのなら
この先はみんなで屋根にのぼること、
世界の水槽をみおろすことだ。

さてこうもり傘を置くんだ、
ゆっくりという、
みんなを、屋根に。






【すいてき】


ごらんよ

あめでできているみんなは
いえにかえったとたん
かじんにはだまって
ぎんいろをひきながら
ふろばにいって
きょうからだにまざった
ひを てぬぐいにすわせる

ふろばのてんじょう
みあげながら
ひとすじ ひの
じょうはつしてゆく
なりゆきも おって
ごはんだよ のこえだって
そこにゆるやかに
おもいえがくのだ

このとき
あめでできているみんなは
あしもとのすいてきに
なっている

けれどごらん
うつむいてないで
じぶんのはいごの ひ も






【富であるかぎり見えない】


僕らが手にしている富は見えないよ
彼らは奪えないし壊すこともない
――椎名林檎




遠見しながらおもう、
礼文から利尻から
わたる風になるために
みどりのうみどりと
体温をおんなじにすることは
もはや「みえない」。
北だけを羅針に
世界の方向づけがなって
体毛を大気でくしけずり
木彫の流れをえがきながら
一様なたなびきになることも
みんなとみんなのあいだでは
もはや「みえない」。
われわれをわれわれの内側に向け
掘りすすめるうごきのなかでは
もはやなんにもみえなくなって
まぶたのにおう陸にあがり
蒸気のようなものにすらなって
夕暮はただあすのため
最後の「日を着る」んだ
それがもう毛皮かもしれないが。

なぎさではかわいた流木を焚く
書を焚くかわりの飲食にのぞむ。
われわれのうちの
みたことのないわれわれ
これを感じることは
もう性交の者となるのとおんなじで
顔の円にも署名がなくなって
たがいの欲があげる声を知るかぎり
四肢交換までもが汚名となった。
なぎさ、うっすらとした配置と姿、
たがいの椀のひと吸いごとに
身のけむりを脱いでゆき
木彫のはだをあらわにして
すべて先行の暗くなる流木時には
なんの泉だろう、鮭の貌だって感じるが
溯上だけがやどられて
あれら陸の傷はなんたる木彫状だ、
とおい、とおすぎる。
「陸は溯上においてこそ稠密なので」
その富は水にも奪えないだろう、
洗いながしてしまうあの水にも
肌のした薄くひろがる物語が
もうそれほどに「奪えないだろう」。

明治がここへ来てしまっては
がらすよりも透くあたたかみに
くるまって朝までを眠るだけだよ
愛しているから さわれない、
一斉の時報のような心があるが
一斉の時計がそこにあるわけでもない
朝はただ浜辺に起きだして
前日の罠に女や魚がうずくまっていないか
たしかめるうち 結果として
からだに曙光を入れてゆくだけだ。
こういうのが北海に在ること、
みどりだったゆびだってこのとき以後は
かたれない情にするだけだ。
うみどりのみどりながれる、
その幅が、幅員が 脳のひと晩だろう
(ふれないし、鰭でもない、

はじまったばかりの朝なのに
「身から出た近代」を
これらひと続きの
性愛にたしかめる。
なぜたしかめるときは
声ではなく ただ身をつかうのか
背骨を縦にして
考えのいずみのようなところに
その足までもをあるかせるのか。
あるきがわれわれを沿っていて
「われわれが歩いている」のも
木彫のように「みえなくなる」。

身の近代ともなれば
かなしいこともかなしくなく
かなしくないことだけ かなしくなる。
これらがおぼえのならいだとして
眼のなかのみどりに
なづきの内側へひらいてゆく
感情の形容不能を
負わせられるかが問題だ。
それにわれわれの手足は
きたきつねを撫ぜるていどには
自分にまがりすぎてもいる。
なにかそれは杖に似てしまった。

そういうのが肌のしたを
雲のようにたなびく物語や富で
われわれは裸身のかわりに着ているので
彼らはそれを奪えない。
そっちの涙をこっちの頬に
奪えないということは
距たりにも踏みこえ不能があり
これこそが恩恵ということだ。
世界は延びているし
われわれもたんに
「みどり」といわれるような
色彩ではない。
そこには枯れもあるし ながれもある。
ただ ときには水に像をあたえて
この河原立ちそのものを
木立にまで同化させ、
すべて消すこともある、
ある、ただそれだけのことだろう






【海溝】


溝はひらかれるけれども
ひらいて海のような
中性が露見するわけでもなく
むしろそれは誰しもの肉が
とりわけ花びらのいろを
生きている間だけ保つにすぎないと、
つまりはひとしなみ普遍なんだと、
しずかにかたりするものだから
さおだって
さすかわりにただ領地をなぜて
溝を泪のふかみへかえてゆくだけだ
だがそれがどんなれきしの川なのか

肉なんて天上の総体にならない
栗のように秋のはずれに落ちるなにか
あい沿いあい離れる、ものみなのつねで
音楽もきっと川の二流となって
このあいだをつなぐ橋も
思想のように
ただ折れてこそ本望だろう

折れる
そんな気で
ひかりに白くなりゆく
輪郭をうれしくなぜて
手が鳥型の叛意もうける
こんなもの泪じゃないか
ああことばのただしい意味での
禁断じゃないか

それで腰下の骨組をたしかめきって
うれしくたがいに泣いたあとは
価値をけむらせるためだけに
きみのおなかのうえにこぼしたものを
まずは霧のようにひろげて
そののちゆっくり拭いてみる

かいこう、
海溝/開口/邂逅――
来年のない
いまはあまい秋が
ぼくらに
ただきていた






【ほなみ】


光陰のはざまをすべる翼あり穂波にわが身まぎれゆくとき
――大塚寅彦




みじかくなり斜めになる
あらゆる座標を
さみしさの殖えと
かんちがいすることもあるだろう
俯瞰はおくれた
花は退場した
いちじは学説のように
たまりをとどろいていた羽虫も
透明をたもちながら
中空のなごりなのか
ただゆれる線にもどってゆき
線がやがて消えを必定する
感情の幾何学もあると
そうして知った

こういうのが秋だった
角から角へぬけて
おもう単純なこと
ばけつに水はたたえられているか
その水が涸れているか
また枯れているのか(日本語、むずかしい
赤錆のじかんになって
いずれにせよ薬箱に
薬でないむかしも混ざりだし
包みをとくおもいが
とおくをみて停まってしまう
また内崩に罹ったな
手鏡の像が糸だらけ

まぎらすものが身で
まぎらす場所も身で
枯葉巻く見下ろしのある
木目の高所にやどかりすれば
他人の身は林檎汁なみ
ほどよくひえて
「ひとひはまぎれ」
性交でよいとおもう
携帯にもでない
ただきえている
口移ししたいものがあって
それは物質的にはみるくなのだが
精神的になにだかがいえない
ふるい旅館だから
ふすまをあけしめしながら
たがいをちかづかすと
かおが般若になってもいるよね
くまもと

穂波というからには
銀だろう
消滅の序曲として
そこをまぎれる歩行が
すぢでありつつ
これも銀だろう
出窓へ窮屈に身をこめて
遠所は横ざまみられる
からすがいっぱい
おちこちいたるところで
性交のおわりはねじれ
そこ、幻想のようにしのばれる
芒ヶ原(くろくなりつつある

抱き寝のすすき
抱き寝の光陰
翅だらけくまもとの
翌日はひとよしか
いくつかの空海を感じ
こうやがふりしく
葉ではないものによって
じかんのおくつき
つまりは秋もふかまってゆき
ぎんいろの完了
完了の完了 ――みえない
白内してわたしはふじゆうだが
おもいはほなみという
名だったかもしれない
羽虫とともに
そのように死んだのは
やがて身を擦ってゆき
天使状にもなってゆく
そのようにして死人とは姦った
おもいでとも






【中断して、ヌードをいれた】


煙草や珈琲の香りがすきで
珈琲殻を敷く通路を校内にももとめた
あたえられた制服のくろさを
色でないものに転化する気持だったのか
でもついえてみれば背丈がのびただけだった
ぼくらの鉄路だってあるくためにあり
ことに夕方にはレールのあいだに
みらいを斜めにみせる珈琲殻がただみえた
あしもとはそれで冷たくゆれたのだ
均衡をとる
みんなのみぎうでがすきとおっていたな

まちかどでくろいものを呑む余裕が
自身くろいものとなるまでの猶予でもあること
そんな言い方もたしかに若さのしるしで
あこがれだって千の顔をもつのではなく
千の顔をもつもの自体がただあこがれだと
みんなが持前の律儀さで言い直していたが
けれどなにのためのげんみつだろう
あんみつずきのきのうがたりのようじゃないか
しっぽはたれていた

いずれにせよ珈琲殻の堆積がせかいにあり
無告であっても退席をしいられないその場所で
みんなの音楽は聴かれ奏でられたが
椅子はけして十以上をならばなかった
だから場所がひかっていた
椅子が椅子であるための前提やなにかを
みんなの尻がずっと敷かずにいたのは
ゆいいつの椅子をピアノまえにしたかったから
公平とはそんなかなしさだとあらかじめ了承して
みんなはいちばん歌のうまいやつの
その歌ではなく その歌の地面を
聴くようにみた
「唄いおわったら珈琲をいかが?」
それだけをどもるようにいいたくて

三々五々さってゆく 明日の授業へだ
臑毛をおがくずていどにはがしてゆけば
みんなのからだも無個性になって
立秋のプールを木材いじょうに小刻みにゆれた
プールだがここが材木座、そんな意見だってでた
性的な秘密としての肌のもくめ
じっとみているとさわりたくなっちゃう
だから水泳後のほてりは
不良を中断して
書物のけんぜんなヌードをいれた
生きるため中断して、ヌードをいれた
まゆみやえつこやるみのひかりを
みんなのくろさと対極する場所
ただの前方に






【反れない】


光の檻のようにみえる川を沿った
都合十年もう傍らがわからずに
鳥が眉を影さすにまかせた
卑しすぎて秀麗とも呼ばれない
風ぬける菰がわたしを集中して
あらがえずに棒杭の辛酸
十字を切りやがて万字も切った

みぞおちからとりだした影で
さきを四角くなろうとする
あの川面の桝目を埋めれば
約束が用紙で流れるのも知る
わたしの三分の一が拘束だった
きょうはやがて反れないだろう

柱のようなものを追憶する
でもきっとわたしの極のむざん
ふたつの帆のあいだを計算しても
なるものが風や原稿になるか
やわらかさがただ楯となるか
なきくずれてかたまりが笑う

二三の煙がねじあげる天上の道を
ない衣服もつらくなだれて
ふりかえる背骨が平衡のなか
川幅の範囲でただゆれるから
わたしと橋の関係が削られた
ふかい夕暮はそこに
糸くずがでて






【あふれるくつ】


からだが
鳥籠のようになって
感覚の四ほうを
むだにする
風をくみ入れた
肋骨は
わたしを運ぶわたしを
河原のながい
花束にしている
ひょんなものを
たずさえる心根で
かり
過去のあるじが
ひとすじの線に
なったときは
この短日
彼方の秋へ
のびるもの
を見とおす

なにの森だろう
この詩はなに
秋の眼になっている
ぬれないいろに
なっている
ゆれていて
ひかりのあふれた
そこへも入る
くうきの
さかなたちだ
以前まで
なのやみにいたのに
もうわたしは
あふれるくつ
答のなかをただ
あるきねむりにて
生きているのだ






【かたむくもの】


ゆっくりと傾くものは
何かをこぼしているはずで
夕方までの箱根には
早くもふと新酒の匂いがした
頬をてらされ透かされながら
どのようにバスで抜けたかもわかる

骨格そのものを可愛いとおもい
対象がしぼれなくなった
骸骨ののちは悲傷もわがこと
移動が水おととともにある誉れを
声の数珠でつないでいっては
そのあとを疲れて眠った

こんな運行の悪事によって
伴侶があまりに星を負うものだから
ふと厳格さを捨て
ただのふたつの性別として
顔の秋を祭り渡ったのだ
くるくるひらめきえたから
もう輪切りでいいよ
影もふえていったもの

途中いくどもこぼれだし
翅のやぶれた秋蝶をみた
模様は翅自体か
さらなる破れか議論もしたが
いまさら希臘人ぶったのが可笑しい
心がキュクロペスなのにね

そういえば願いの一つ目には
尽きる世の天秤もみえた
もう星の時が来ようとして
午後の光をずっと貯めていた薄が
涙をながすように箱根をこぼす
さああのかたむきをはかるんだ
思い出はいつも間遠いのだから
影の歩行に気をくばって
測るものは常に遠くにするんだ






【天川】


愛のふかい抱かれかたには
一定比率として
周がまばらになった古代円が混ざり
その枯葉だって門のあるかぎり
瀧のように
山坂をくだってくるのだ
多くは腕、多くはくちづけ
笛音は互いの
腕というか枝に沿い木霊した
ことばがきらいになって
できあがりつつある森も
多重の舌で虹を交わすだろう
瞑目なのに泣き眼に似てしまう
そうした感情の関節場所には
来季への日々もかさなってゆく
後ろからだって横からだって
「かさなるものはかさなってゆく」
そんな泪でできた枯葉だろう
性は奥なのだ、秋のように
人間考察すると

表層が迷宮だと知った
カサノバの恐怖によって
どだい愛の記載法も変化していた
からだの奥というものはない
性の奥だけがある
おまえはわたしでわたしはおまえ
それで転位の歌ともいうべき
無窮の流れもできて
その楽節の終止予感のために
接吻単位がくりかえし動員されて
領域、愛というべきここそこには
ことさら時間のカデンツァができてゆく
カメラでるる撮るんだ天川を
手管の装飾のなかに
そのからだが霞んでゆく経緯は
万人の共通にしてまた愛の特異
加齢しつつ子供のような声を出し
時間はなお多時間へと惑乱されてゆく
そんなこうふくのしるしだろう
久方ぶりにAV画像をみながら
受像機自体を泣かせたものは






【ゆめ】


隧道以上に囲みをえがいた
金木犀の茂みをぬけると
香気が取り巻いて
複数がより複数になった
もうわたしではないのだ
ひかりの層をあてられて
ぴかぴかの○や△に寸断される
はかない獣じみている

火花は秋、この季節にこそ出るだろう

こころは蝋でできてしろく
点火のための線を
空のなか普遍にかんじる
わきばらをつかい
街角をだますように
川辺に出ることも身の誉だが
すでにしておもたい余りを
咎のようにまとっていて

野川の歩みは多重債務を負う
だから芒川原の鷺をみて
身も半減をくりかえしてゆく
そういう元素だろう思考は
金の木の犀の
ゆめだ

香りを出すことにくらんで
ゆめ自らの歩みに
遅れるな
もう粉のように
散るだけなのだから






【百かばん百】


かばんというものがすきで
建物の線が夕暮に混ざるように
日に日にリストをあつめている
場所は一番星の永楽 そこでは
ランドセル形態のもの 容量ゼロで傾きだけのもの
あおい布をよったもの 油くさいばけもの (ぐてんぐてん、
そういったもろもろのかばん収集が
音の予感にもなるから
楽譜めいたゆくすえまでめざして
かばんにかばんを入れたこのよろよろが
おもたすぎてまっすぐになれないこのよろよろが
意外に価値転覆的なよろこびともなって
道ゆく埃の同情すら買うだろうよ
(さあわたしはほころびるぞ、
頭上には季節はずれの女黄砂も舞って
あゆみは旧く ものものしている
ともあれかばんにはやがての「めをと」和合をとりあわすべく
片かげ投げの符だってかくしいれて
ものものがほろびをえがくまで
ものみなのわきをすぎさるだけだ
くすぐりにきずをつけるだけだ
なあわたしのかばんくろいか
マントとみまちがえるなよこうもり

かばんのかくめいは一回だけ起きた
取っ手と鍵をつけ携行可能性と秘密保持性を併せながら
形態としてのかばんをひらくと
なかみは大きくものものしい聖書というだけの
革製の聖書鞄というものがあって
二十世紀おわりまであちらの僧侶たちは
そんなものをもってこうもり線を
西洋梨をかじり すけべになりながら
ふらふらしてやがったんだ
ものものしてやがったんだ
(護符にならない幸福行の切符とともに、ね
その聖書鞄に脚がはえ
ひかりがはえ菌がはえ 葦や悪しもはえ
義侠的な追従能力がはったつするにおよんで
彼女のはったつのようにエロいかがやきもはえ
かばんがいよいよ形態をうしない
ロボットとのくべつまでなくし女化して
内側と外側すら識別不能
そう世界のようにまるでリバーシブルになって
リバーサイドにうつくしく置かれ
かばん自体はリバービューを誇る山なみに似た何かとも認知され
歌というか歌唱になり ゆっくりゆっくり かくめいとまでなった
そうしていよいよ分類できなくなってこうしてフーコー的近代が意外や
こんなに近い九〇年代のかばん援交により無効になったと(宮台が)いう
(そうかかばんのなかに十四歳がいたんだ、
(それじゃ分類なんかもう無理だな、死体結晶だもの、泳げない、
しらなかったしらなったやんぬるかなかな
そうしてかばんをもっている自分にまで確信をもてず
秋の顔のおまわりさんに道をたずねると
返答もきまってる、「秋暮れて露ふかし間遠河原」
川がつづいていないのに一帯がありありともう河原で
(ぐんぐんおもくなってくるくろいかばんだった、
もっていたのも一個のはずがもう百個で
「そういう空間が、「われわれのあるく、「詩なのだ、とまでいう。
いうだけの ゆうがたの ひびき。 /ゆうだちない。
そこできつねと遭って、手をさしいれる
かばんにも《手をさしいれる
《それが棄てるってことだよ (ぼくを、
あれ野にだろうか冬の
かばんがかばんのなかに殖えてゆくのも。
おかげで季節がくろいかさなりでしかなくなって (ただ奥だ、
学校には水だけを飲みにくるね
ものものしく《折れ曲がったみずからの影
をかばんさげて みにくるね それでもっと みにくくなるね

かばんをつかった性愛
あたまからかぶせて 腹の下は恥毛のルネ・マグリット性
かばんをつかった万国旗のつらなりが如上くろいので
ゆらゆらゆれる世界の諸事でも
何がかばんで何が性交で何が万国旗かがもうわからず
そこにはただ ものものして (女だけがいる、
(かさなりの奥の奥の奥だけが「いる」、
なんならとぼけてかたわらをすぎればいいんだ、
そのためかかえるかばんなんだろこうもり、
おのれを百の黒翼にすればいいのさ かばんだけつかって




※詩誌「生麦」所載、近藤弘文「燐の犬」を引用した箇所があります。
詩中、《 の表示でしるしました。






【飲食不能】


おれのつくるものはうまい
白骨化している
食材のかどとかどとをぶつけ
生じるスパークがスパイス
はらわたのようなものが
透る凝りとなった次の秋に
遠景要素だけを寄せて
おもいでの虚しさを食わせる

音楽に似た何かだという
だから葱なども音符にして
後悔の汁へただ浮かせる
煮凝りは海峡をデザインする
そこに何の素麺なものか
伝聞は葉にして散らすのみだ

噛めない歯も料に映して
音響のぎざぎざを再帰させる
おまえの呑むものは
いつだっておまえの眷属
咀嚼の秋に木実の黄金
考えるための栗鼠の真似だ
乳がしずかに張るのだから
肉叉をもつ構えも慎重に

身の毛皮をなめすように
火の数滴を舐めきったあとは
かんかくがうらがえる
眼にとって対象も遠くなるので
皿には黒マントをかぶせ
女や風にはこばせる
食了のあかしは藁塚にやる
それでも皿をさかさにすると
そこから乳のようなものが
ふたたびこぼれてゆくだろう
この秋の重力として

おれを回転軸にして
食がゆっくりと
駄目になってゆく
むくろみたいだ
食べながら食べずと
収めの茶にもおもう






【空のなかを空が奔る】


九月尽を経て
地上も迅速になった
その透明国をあきつがわたり
牧牛は立ち寝しつつ
気配の傷を負う
樹々も空へ離れようとする

それ自体が祈りであって
天心に墜落してゆくもの
落葉のまえのそんな気配に
だれかの銀のものかげも
さみしさとして加わる
ふみいれた地帯に
自分をしばろうとして
みるくが足許にこぼされる
そのみるくもとほいしろがね

あらゆる目的地の
フェルナンデスのくぼみ
おもかげの空空しさ
けれどまなざしも姿どうよう
つづいてゆかないだろう
ゆうがたには
空のなかを空が奔る






【秋交】


昼のおわり秋の捨身は
ジュモンの門にもたれる

まったきが軒下を狙い
褪黄に染まってゆく

すでにして幾重にも
くさむらだろうわたしは

こめかみへ薄荷を擦って
残月の思念もうかべた

家族のひいた銀は
樹下で炭化するかも

人肌を背負い志を売って
ひるがえってゆく裾だ

いずれ透視のつづきで
円が線になるよう歩いた

日常のくらげだって笑む
実山椒の仄かな割れを覗き

女のようなものがひりり
秘密はおのずから盲化する

銀輪が往来する塀向うに
採譜のこころも消えて

その契機で旧知には逢う
一瞥で中心をえぐった

音群の茸に実が落ちる
ような四時の事故後

愛着も糸になりはじめる
被さっては対象田を刈った

数百回の干満があって
形も帆船を逃れられない

われら思想の不恰好は
見様では臨終の羽虫

やがて大団円が水澄む
なかに木霊もなく静かだ






【電話ボックス】


※「トルタ・ジャイアントブック」所載






【馬の海】


疾駆する馬のかずだけ
野はらが縦横にながれている
馬上がうまれ馬上がきえる
秋は日に日に
水平におしこまれてゆく
まるめろの位置だけが高い

もうずっと
天でも地でもない領域を
そうして語りつくそうとして
発語を舌でふさいできた
嘔くために白いものが
口腔にはひろがっていて
しかもこのからだへの
なつかしみとなるのはなぜ
それもこれも祈りからだろう
ほのかにひかるものを追う
追うだけの、ゆく足だ

身だって馬性を滅ぼさず
電線と切り結ぶ線となるが
わたしの送信は
わたしが身であるかぎり
すすきの地まで限定してしまう
たれもいない懐旧の場所に
わたしの嘶きがいるか
つむいだ糸が逆算されて
糸ぐるまをそのようにまわすか
ただ、からからからと

馬たちは縦に走りを割って
想像をさいなんでくる
噛む噛む噛む草
走行も咀嚼に似るだろう
世界は機械がうごかしている
だから紙の裏が恋しい
わたしもわたしを
いったんは折ってみせ
内側にくりこんだ矛盾でこそ
この仰角がえられる

天にある馬のかずを
名づけようとはしたのだ
個々に火を吐く馬の表情をみたが
それらは翼を出して走りつづけ
ついには世界となって流れさった
秋にあるのはそんな変色
冬の黒までそれは存続して
とりわけ近眼にとっては
馬の海が沖に集まってくる
なんたる色彩だろう

水平もやがて遠望に変わる
反作用のわたしが倒れる






【あけび】


くろいはっぱのかげにしずむ
はいいろとあおとむらさき
いろがまだらにもならずとけて
かがみのようにくもっている
くものあさににあうおまえあけびは
かぜになぐられてできたあざ
ゆれなければただけむたいだけだ
みめぐりをしぬるけはいでみたすのも
そのなりがくびつりにみえるためで
くるしみはただみのったことからくる
ひとのからだやおもいでにもにるおまえ
たいねつさえもっているおまえら
かたみにくされをきそいながら
どのあきとつながっているのだろう
しろいにくとみだれのたねの
そのうちがわもすごくみだらで
いつもたねからわれようとしている
それがおんなのかくしどころめいて
おまえはけしてたましいのたとえではない
そんなものはあらかじめないのだ
うえきのふきつなまほうというのか
せかいのしんじゅやとぱあずだって
そのすがたをまえにあざけられる
まずはおまえのまるがゆがんでいる
なにもうつさないあけびはともすると
うらがおもてにもなっているのだ
さかしまがふくろとなりほのあかるむ
やがてくろくなってゆくきせつには
わるいしたしみももうかくさない
せんことなってつらなりたいのだろう
そうすればおまえをただまとに
ひとじにのまねもくりかえされるが
そのまえにおまえはおのずからわれて
くるいなくおちることをおちてゆく
うれいのおまえをゆるりゆらせば
せかいのはんぶんだってゆれるだろう






【くらげ】


雨ダ、久方ぶりに傘をとりだして
夜のうらぶれをあるく
食べ物屋からは注文された料理の
くらげっぽい匂いがする
DVDを近所のれんたる屋に
なにものかとして返却するにしても
本当はれんたるしたものと
そうでないものの差など
この資本構造でわかるはずもなく
あるいているはしから疲れ
やまたの路地に踏み入っては
自分と同じ背丈の植生に
ひそかな憎悪をいだいたりする
(そこからは「照りあえ」という
余分な声がするのだ、
うらぶれは縦につらなったまま
まるで浮遊を浮いている
霊が底にあつまらない地上の失調
その果てに一つ目で夜の雨天を突く
気高い一本杉もあるだろうに
あれは三鷹台の、とりわけ高台だろう
ここからはみえないものがあるから
浮浪は大目では楕円をえがいている
ふたつの中心ふたつの衷心
浮浪は離れたものに執着している

夜ダ、点になりたくなっている
花柄のシャツのような予感があって
点になりたいもの同士が
巷に参集したらどうなるだろうか
そんな音楽的な邂逅もおもう
俗に「腹を割る」というが
割れる腹なんてもの、とうにない
集中と拡散が腹のあたり同時にあって
わけへだてなくうらぶれは
夜だからそこに吸いこまれてくる
愛を乞うためあなたのぶれる場所には
はだしで行き交うべきだった
やさしさをこんなものだとしるすために
こどもめくはだしの歩行をすべきだった
なのに可逆はもうありえず
おまけに感覚の青としては
酒をのんだ臓腑のいくつかが
だれかにれんたるされて、もうない
酒臭いからだでれんたる屋に入り
花柄のシャツのような
予感もあるというのに
ふーどでおおわれたこの外見からは
霊を見抜かれるだろう
構造とは無縁だがわたしは下部だ
こころが進展をなくし切株だ
一皿の煮魚のような手で
れんたるしたものが袋からだされる
今日の返却期限に間に合ったものは
このようにけして感情ではない
自分に属するものが減る






【未定義昆虫の最期】


せかいを殖やそうと
ずっと複眼を凝らしてきたのに
秋のおわりはしぐれて
白いほのおがとおくみえるようだ
さむさによって紐帯がほぐれ
あきどなりの点在も尽き
もっとも熱いほのおが白光だとは
とうに信じられなくなる
どこにいるのか
「身は身を囲む再帰性そのもの」
シタガッテココロナイ虚偽クウカン
そこでは体内の交響だって
もう途切れようとしている
こんこんと雨がふってるなあ
天のあふれダ けれども
この節足こそが倍音を消していて
わたしハかさかさのまま
部分を分離しだしている
うんこの生成のようだ
きたナい

わたしのめぐりには籠があり
囲繞模様も隙だらけなのに
一体の宿命ということなのか
わたしは籠とともにくさい
そんななか光が減っていて
ただ廃園に忘れられているのだ
身に楽器を帯びた僥倖といわれたが
掠れ破けたかつての翅
あれらの透明は黒色は脈は
何の等高線だったろう
翔べば蝶道のようなものもしめせた
身に小手毬を帯びた細密ともいわれたが
あれらの斑〔ふ〕はどんな毒素だったろう
尾をおりまげ一身のぎもんふをつくる
つくったままでメグリの時を宙吊る
美の連関にはいろうと
いまさら蔓を模ス
この心持が不恰好であればあるほど良い
わらえるでしょう

昆虫であることノ生は
世界の無数と体内の無数を
雑音で釣りあわせることだった
わたしはぶーんにすぎなかった
光に酔ッテ忙しかった
同時に顕在を顕在のまま
秘匿へ封じいれることだった
(昆虫って昆虫? ソウいわれた)
そんな不恰好で水をのんだ
七本足はメンドクサイ
水に蜜があった
しかしいまは沼沢にもゆかず
ただ靄にうたれている
フタタビナイ
臨終間近をそんな木霊にして
それをも限ろうとしている
まげられたハリガネ
自分で自分と交わった者の罰ダ
係累こみで終始、種を呼ばれず
最後のわたし自身
雨と均衡をとるべく
とうとうと
白炎化する






【てんまど】


てんまどをあけると
ふってくるひかりで
へやのうつろがひろくなる
木のかおりがして
みおろした自分の腹にも
みほとけがいる

時間でないなにかが
あふれでるように
正午なのだろう
ひかりの滝にうたれている
身のまわりはひきしお
はなれたくりやでは
伴侶が菊を煮ている
おるがんの秋だ

うみのような
ものおとをきいて
きぬずれのゆくえだけ追う
ものみな砂かもしれない
てんまどからは
菊のけはいもふってきて
黄色にみえる
おのれの五臓も

ひかりというものはしずかだ
てんまど うつろ 身 わた
その経路で入ってきてしずかだ





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