▼詩

一人連詩『大玉』

一人連詩『大玉』

大玉

      阿部嘉昭





※SNS「ミクシィ」に07年7月20日から
同11月10日まで発表した詩篇をまとめました。
あるかどうか不明ですが正式な詩集刊行の際には
部分的に出典註をつけるつもりでもいます。





1 失策する眠り


2 大玉


3 まったく滂沱


4 流され星


5 女物


6 巣穴が多い、


7 輪王


8 ヘンな風が吹く


9 踊らば踊らず


10 混浴案内


11 辰砂置き、


12 キラキラ歩く


13 可愛いおばけ


14 バス停考


15 茎の水を酌み


16 鬼ともいう


17 手巻き


18 梯子語り


19 橋の図鑑


20 砂下ろし


21 身虫


22 酔芙蓉


23 単飛


24 頭山


25 尾行


26 滝は各処に


27 轢死


28 金木犀


29 てつぶり


30 トリガー


31 駅舎


32 池袋から


33 もののけ


34 港そだち


35 棚を考える


36 透かしのもよう








1【失策する眠り】




熱い。
ひとりは熱い。
寝床すべてを水枕と見定め
ガバリこの躯は投身させた
背後にいくらかの抛物を感じて。


駢儷していますが
尿を刻々膀胱に溜めているの自覚どおり
すでにして酔眼もビショビショじゃないか
破れつづけた三十年の袋
行く先々を濡らした――ここでも。
眠りは失策、差引いても座礁のかたちをとるが
以後は眠ることでしゅうへんを貪りつづける
私の変化、見て
(ソレハ)(起きてるように)気持悪いよ


暗いは暗い」 復路、満てよ」
暗いというのはビショビショということ」
そう、やはり例外的な水を考えている
黒の頭部が私の寝顔を俯きに流す。
かたどおり寝る水路に絶えだえと《浮く》


夢では畔の姿を一心に追いあつめて
真ん中に 字のさんぼんがわ
苛烈すぎてもう水分もない だろう


(夢では)、《あふみ》と名のる家出人を
胡坐のうえ後ろ向きに傾けていたかった
(ふたり)でつくる字が放埓に似るように
水の傾斜が 日時計二時の角度に重なる(ように)


もう駄目、
暗いというのは遅いということ」 復路、満てよ」
それは華厳?
霰の、くだる、みらいの川は












2【大玉】




こんな日は内側が見たくって、
片目を氷で冷やしてみるんだ、
「竹生島は夕立」「ぶら下がり裸体の腋窩も夕立」
世界の紗がこの眼に 部下のように引き集まっている
大玉――算えはじめた大玉の数 や
るるるるる 「る」のスキャット、
海賊が褒美とする「流」の籤で
流れ鯨にも馳走の固唾がありありだ


夢では島囲の姿を一心に追いあつめて
藁のようなものを背後に引き連れてゆく
サーカスみてえ、が少年期のくちぐせでした


みんなのポケットに韻を踏んだロケットが。
せんせはいう、《いつまでも・はじめて・みよう》
割れそうで割れなかった地球儀の時代だ


(いまどきの)トキオさん、柳亭はご健在ですか
沓掛さんは、あるいはただ一字、窟は。
唐突に 橋づくし してみる
子供騙しの びぃだまに飽きて
登校途中の夏を飽きでいってみる
(大玉を祖母に訊いたミノルくん、タエコさん、)
臨終の夏は 茫々の通りは。
「栞紐もって詩集を渡すなって」
「どこまで読んだの、が約束だったじゃないか」


せんせは死んでからも繰りかえす、
《いつまでも・はじめて・みよう》
残響を絶つため 伏せるお椀


食べ物ばかり考えて卑しい子
朝朝のお椀に三つ葉なんて贅沢を
(柳の葉の流れをおもいたいんだ、)(浮き巣を)
食後の残響を絶つため、はじめて伏せたお椀












3【まったく滂沱】




始めあって、終わりあり
この定式の収まりのよさ
体温の花火もあり だから
躯の落ち着く汗ばみ同士が
ひっそりとさざめいて
川辺もそぞろ歩くのだが


「汗をかく人からいずれ目鼻も消える」
その感慨を 夜空に見ちゃった
俤だけが「流れるかたち」となって、
金魚日本、まったく滂沱じゃないか


ああ 成層圏の冥い西風、
ああ 六等星で此世の滲み、
体温にのみ還元された相手と
のこり幾たり連れ添えますか


愛恋は。別住の人生は。


突貫。ポケットに癇癪球を入れて
石ころだらけの下り坂中年を転げ走る
突貫。手に点火した線香を立てて
水底探査の気分 細窟に跳び回る
上澄みを刺青された祭というなら
不全の僕ら ゐました そこに


藁のようなものを背後に引き連れては
不意に百回前の季節にも出会うだろう
目の玉や金玉を緑チューブに塗られた無惨か
たった二十五回分で――砂金の身も垢だらけ
アスベストとなり ポイとなり
手探りの落丁ともなって(ボサボサの紙)
不全の僕ら ゐました そこに


(裏書して)(ここへ来て話そ)
接吻と同じ、あくまでも口承がルール












4【流され星】




いずれ目鼻が消える、
紙人形のような端正さなら。
恋とはそんなものだし
下流から上流に遡れば
川も淋しさで分岐しているように
見えるだけだ、ただ見えるだけ


流され星 「流され蛍」
あくがれいづるものによる空
お化け煙突の見物場所を人は探すが
見ようとすることが
すでに流されることだとは知らない
人世はゆっくりと水になる、閼伽みたいに


ユダ温泉を起点に今度の旅(車内多し)。
誕生日を迎え中年の終りの日付にもなった
美祢線に乗り、台風を精一杯逃れ
怖ろしい厚狭川の濁流を見下ろしては
古ぼけた紙に映る字をまたも購ってしまう
中也、西脇、泉谷明。
水面に咲く旧い目鼻流れる、


《あれはとほいい処にあるのだけれど》
(ああずっと「そこ」に佇っていたんだね)
でも僕らはもう萩で荻だったから
真下から見上げた花火、潤んで大きかった


(潤むものは大きく、大きいものは潤む


間近とは海峡で噛みあう下関と門司港
西班牙と葡萄牙、ふたつの大らかな牙のように。
女房の髪も汗に濡れながら風に舞っていたし。
それで憶いだす、どこへ行っても
味噌汁の具が遥かな川海苔だったと。


来迎、いつかはわれわれの稚魚時代を)












5【女物】




バカと罵られつづけて「あぁあぁ」する
この夏の日傘にはそれで「女物」を奉じ
路上に投げられる微かな影に見惚れた。


七色の頬紅を塗った気分に 一挙になる
少しずつ七〇年代の阿呆を取り戻す
おすましした女の子たちの胸乳の稚魚。
秘密の樹の下闇でその敏感な突端が泳ぐ
よって詩はいつもあさってに打ち水、だ
がお がお  (うぁん うぁん)


幸福によろめくわれわれの乱雑な言葉
ギャオスとギャオスのように連れ合う
(朝顔のつづく朝の道で、)
癌告白するメール文に不幸の藍が滲んだ
どうしようもないことにぴかぴかした夏空の称号
是々非々が無慈悲なほど清明かもしれぬ此世で


それでも手紙文は一生かけて練習だ
《七〇年代は 闇のなかの光ではなく
光のなかの闇を見てました》
こうやって何事も積載しなければ (泣くのか?)


当たり前のことをいうなら
五階よりも十二階のほうが荘重です
いつかは稀薄な浅草の高層に住んで
地上を十二階下と むかし馴染んで定めるか
「正面」の花火とも向き合ってしまうだろう
なあどうするんだ、おまえ?


京子「バカバカ」「わたし、たくさんの果実」
そうだね、存在は籠から残部があふれでた狼藉。
マンゴーの隣には冷えたアレクサンドリア種が
東空には今しも周囲に溶けようとする城塔が


見えるだけだ、ただ見えるだけ












6【巣穴が多い、】




小さなオペラ。
そこからが森になる、
はいり口というべき処がいつも好きで、
涼やかな半袖の袖口のすきまや
「夏の日傘」のなかもいつも好きで。


われわれの肉の隙間には
黒い「ましら」、さかしら。
根を鎮めようと四つ這いになり
腕も以て前脚となり、毛深。
黒い虹のようなものになろうとしていた
ひとりではなしえぬ林立へと、ふたりで。
後背位、というのだろうか


森は「オルガン」上昇する。
夏に黒鍵が空に沸き立つ。


しかし木立や梢を見上げずに
蟠る根へ 模様へ 入ってゆくのだ
昇る動きもいつしか下りへ反った


(見晴るかす平地には)
水銀蟻の巣穴あまた、
その内と外を反転させるように
驟雨来たりて
一帯が一挙に毛羽立つ絨毯になる
王が音楽のように座っているが
むろん周りの校庭に何もいない
あれが「遠く」で、あれが「夏」だ


肌を鏡にすべく
俗世は互いを擦ればいい
それを見るため 大月、生きよ
ひみつの このしたやみは
塒にはならない












7【輪王】




乙二号建築では
(火災警報器の誤作動もなく)
焙られきって一日中を除外された
公園の鉄棒群が 見下ろせただけだ
それらをつなぎ白じらとした
夏状の亜空間ができた、としても


何事も空白はつくりかえるな
胤のない砂だけがそこを伏していい


密議めくことだ、《肌を鏡に》。
材料にはただ水、「水の用意」
歩くことで生じた君の亀裂を
シャワー室でしずかに均し
再び入った部屋の天井からは
輪王の架空をおどろに垂らして
鏡面が熟すのをゆっくりと待つ


女の、私の、庭が、縁どられ映ったよ
百日の紅や、ましらの滑り。
物語る夏は退屈に退屈を接がれ
一人連詩も眠るように薄まり


入院の具体報ではあったけど
こんなバカみたいに字が不足したメールで
最後なんて嫌に決まっている


(「私の犬」を知るひとだから)
俄かに「わおう」。夕方の一斉。
吠え声が坂になって
凹んでゆく闇へのなだらかな傾斜では
サカりと離[さか]りが結ぶ
この中心、しかし
「独楽はその中心だけが回っていない、
数学的にいえば」












8【ヘンな風が吹く】




書くことがなければ
酔眠前の夕飯の話になる。
百日紅の咲く坂を食べました、
先駆けて地を離[さか]ってゆく
犬の吠え声も食べました、
もう胃袋にはおどろな満月


わたしに近いもの、
綺羅や松果を不敵に水で炙って
猥らに垂れる肉じるを
詩の髭をかぶった口へ立て続けて容れる。


空の反映、そこへ消えてゆくもの
を収める容器(私)、といえば聞こえはいいが
畢竟、食餌と脳のあいだに
オーバードーズの危うさ潜み
わたしは竹薮よりも大きくなったよ
女学生の描いた堤に 八月の晩に


(しらーを食べ びすまるく食べ
腹のくちた少年ヴァルターは
めいぷる・びすけっとに方陣の美しさを見た。
掌に載せると ヘンな風が吹くね、
――みらいから かこに渡る、
(壊し続ける玩具の代わりに
世紀伝来のビスケットがあるんだ


書くことがなければ、
「三年間食べなかった」話にもなる
畔で消化器官の育つのが待ちきれずに
夕映えの水に無精の卵を産みつづけた


不妊の、くだる、蜉蝣川は。


八月十六日、卵圧搾機を発明
載せるべきは何やら水っぽいもの












9【踊らば踊らず】




家主を騙す、ペッティングは何度目
失敗した肉じゃがや
シークワーサー割りのあと
夏の全盲闇がおもたく降りてきて
そこで罰当たりたちが無音を味方に
鬼神の「踊らなさ」を舞っている
互いの指先で濡れたり硬くなったりした
言葉のようなものを探りあっているのだ


額より小さな庭に累卵を置き
終った宵から下ろす塊の鉛で
殻を割らず中身だけ潰す技
小ささと大きさの境をかえるので
森下の見取図さえ書けないまま


窓のそと 竹薮が大きくなって
尻尾の夜が 雨のように焦げた


(下天は夢よ、
(「踊らば踊らず」の深意とは、


「流れる記憶」を記憶するように
あゆみが自他を混乱する
起きぬけから空回りにまわる朝
肝臓の紫も胆嚢の緑も
それなり体内の火だったが
かげろふたちのよぎる辻をまえに
ジジ、と湿った音漏れもして
身のなかへ縮むだけだわたしの身は。


白熱の行く手を
規格外のバイソンが気ままに炎えていた
添うように周辺を掠めれば
胆汁なんかもむかしの草汁
祝ひ・さきはひ、禍ひがみな消える












10【混浴案内】




どうせこの世は混浴と、
演歌めくこの口がいつも禍ひ
《あとはおぼろ》のヤチマタで
巾着覗きもヤッチマッタ
覗けばいまだに背が伸びる
瀬を伸ばそうと 永遠のひとも
川べりに眠たく伏すのだが


この世に抒情の地下川、いくつ
(地図をたどるゆびなんて、)


規格外の私が気ままに炎えていた
混浴の中心に向け冷えびえ真夏を散歩
着服より着衣が許せない、お脱ぎ
おまへの服こそ閉鎖系だ、お脱ぎ
(うたう、)(言葉ある歌を)


①観音の長衣となるまで
この長い脱糞でビホウ策を講じる、


②厠こそ観音世界を圧縮するもの
ヤチマタの衣擦れ、ひたひたに聴え、


厠を出て泳いでいますね)、ヘイ多分
夏の内部分割を学説しようかと
んで 小ささと大きさの境をかえる?)
ヘイ多分、の3カケル3、
若冲のタイル升目の変てこ象ですわ
あの升目をつうじ
《みえないやつらが[…]
しきりにはいりたがる風呂なのである》、
この世の この世は ね


おのれを魔擦る
傾きかけの一羽の雁
も見える












11【辰砂置き、】




冥途の皮に辰砂置き
しらほね笑うローチのドラム


「朗読」談義なぞおととい置いて
眼からこのバネ取り出して
万物の窪みを低く流し目すると
(これ、未明のヘッドホン装着の喩です)


そこ、しらほね高原に
登仙百回の寺院群、連なった
やがての朝露に互いをつなぎ
背後にはニガグスリもかすませて
銀のはしごや、みやこの蜘蛛の巣


そこ、くだりはならぬ
からだ潤ませ高みを割れば
ああこれが東南の音だなあ
いざ あない せえ
死後燦爛となった
村上昭夫の雁、


おのれを魔擦るブラッシング、
傾きかけ 一羽のシンバリング、
ぼくならば天へ墜ちる渡り
あふれる風信をとりだしても
(そんなものは空の芹ですよ、
(たんなる風媒、


音が聴えることはもはや変てこだ、
むかし下宿に漏れてきたアヘ声よりも
暁闇はいっときのローチ、小さな悼み


やがて食欲のない夏バテ女房と
昨日のかやくで冷えた朝めし
(咀嚼音がパチパチ爆ぜる、)
顔色のわるさ映すほどに朝日も昇って












12【キラキラ歩く】




明けた朝に ふとしたこころ、
ベランダは ほとけのてのひら充つ
微光で開かれようとしている


去った夜のかわりに
生ぬるく地上におりているのは
おほいなる跛足をもった神の下身だった
その足がキラキラ歩いて家々をこする
人ら微妙にひしめきかたむく気配
歩行は鯰のひと踊りをキラキラ呼びだす
歌のようには 地から 力、


越後や能登の三連発
「なゐ」なら欧語の否定形で
地の揺れのあとは虐殺と相場も決まる
昔が聴えるのは
この身の変てこゆえだろう


何もない白昼は折る、それが夏
ただエコーを買いにゆき
三六〇度おぼろのなかを
あやかりつつ歩こうとして
たとえば田浦の底にはぐれる
季節外れに人の影が長いと気づく


(聴えたのはいつも夕方だろう、
(地軸あるかぎり犬笛が沸く
(男たるを夕闇が立小便にさそう
(構わぬ男なら 犬か幽霊になる


空が川のようにみえて
さみしさもこまかく流れるが
あんなものは空の芹、
産卵期も折ったよ
帰順なしだ、この亡命に












13【可愛いおばけ】




《交接に錆びて
やがて詩話となり皺となっても》、


そこに「混ざって」あるものが
いつも「おばけ」のたたずまい
(未来函からとりださなかったので
すごい ぼろぼろだった)
そこからは生も明滅する
たぶんこんなふうに前田英樹が
樹にも託して書いていた
(白昼そんなふうに読んでしまった)


縮めばまた膨らむのか
夏の終り知る ふとしたこころ、
夏の終り知る ふとした犬の陰嚢、
宇宙大に考えるべきなんだろう


とっておきの果実とりだして
割符併せするカタラヒの只今
うってつけの過日とりだして
貝合せするララバヒの只今
悪い生き方の二重国籍も
刻々の突端でシワヤセなのか


《アダプタのコード噛んでたら夕方
胃が伏して蝉落ちて死んだ。》


斜光世界、聴えないほどの大音響
この身密が四囲にもぼやんと拡がって
すべてが「潜在性と同じなのである」
可愛いおばけといる暮れ方には
色塵や声塵も ほぼ無限に流れる
なんだこの宇宙の風向き、
十界にひとつ足りない、
九界や旧界かもしれんぞ












14【バス停考】




《立ったまま沈んでゆく塔》
のかわりに、(花弁の流れ)
春先から昨今までの沈みが
ここに猶予されているのか


女房とは一日乗車券で
バスの終点から終点を乗り継いだ
城東に乱立する銀の狼藉もみた
南砂町の巨大 商店街はどこ
花売りは 《微笑する井戸》はどこ
見上げれば天心も引き絞られて
疲れた真夏の真夏、
その黒い底心を指針している


怒りにもう躯が重たくなって
昨日みた白鷺を微醺にはなち
週末をひたすら寝てすごす
商店街はどこ――自問自答が残響し
《剖かれたウヲかいまみた》《夢のあと》


この世のちいさな足溜まりとしては
立て続くバス停も恣意にすぎる
ただ通過の通過を謂うのか
浅草雷門─平井乗り継いで、
平井─東大島乗り継いで、
東大島─門前仲町乗り伏せて、閉じた瞼に
富岡八幡前の古本屋消えている


《九界に九官鳥充つ、虚辞ばかり》
たままん句会の題詠をふと考えてしまい


もうわたしはアダ わたしはアザ
天の仇 字十二番地
極点で息を切る、
伸びたつはものの












15【茎の水を酌み】




みたこともない柳が殖えている
そんな途上を櫂でゆく
さいきんは少々、脚を引きはじめたが
この神の証さえ長衣でひた隠す
女だてらに また 男だてらに


夏の日の終り、水洟
それだけで俺の顔、他者。
たくさんの目脂や目脂や目脂
来世をかがやく蓮田の花粉どこだ


中年は食生活の貧しさを自慢しあう
「おでん缶食べました」「芋粥缶食べました」
「幼虫缶食べました」 ついつい嘘も出て
ネルヴァルの黒い太陽が深刻癖を解除する


「われわれの曇り空だから
七年ぶりの皆既月蝕、見逃しました」とさ


(よって)微醺だ、微醺、
茎の水を酌んだ浅酔いで見返すと
いまだにびくんびくん伸びている
ただ縦をなす「世界の背丈」
大事なのは茎だね、それしかない
そこを甘露の魔がいつも昇り
輪郭にも繊毛が極端にふえてゆく
肖像画など不可能とついデリダめき
顔だって黒ヴェールで隠す
(残響残侠)微醺だ、微醺、


ご参集の心は意外に平板な 夏の喪
金魚がわれわれに倍して及んでゆく
刃物や兵[つはもの]や約物


詩篇の装身具もとりどり、
もって冷やっこく












16【鬼ともいう】




秋になると冷奴のおもてがいよいよ冷える
眼下の遠景をぷるん、といわせて
播州はきっとすすき狩りだろう
「眼の銀」も巻末には一掃されるだろうか


ものいわない口がひとりで食べる
誰かの誰か その食卓を聴く
去年は生き別れの父が死んだ
さよう死後もずっと食べている霊には敬礼だ


巨木を隠していた密集の蔦を
毎度の行く道にみていた
鬱陶しいなあ 追慕なんて、
蔦もやがて樹下の草へ自らを禅譲する


世界の拠点いよいよ色を薄くして
ひともとの若い、茎だけの茎が
浄土の風にゆらいでいる
五十六億七千の音楽、
今年後半またそれが通るはず
ぞろぞろと この敏感な鰭をぬるくして


「うつせみぃ」「そどみぃ」
応答しあうものが擦過に濡れる
《道にあやなく惑ひぬるかな》
繊かな花のした影を
「鬼」ともいう
《あるにもあらず消ゆる帚木》
それをそれを「鬼」ともいう


琉球のあらゆる夏炉、
樺太のあらゆる冬扇、
弧は弧として反り
弓張る力をヒタたくわえて
首席賞の時計を卒業後もねらう












17【手巻き】




鰻と胡瓜、ちいさな寂滅を酢飯に載せて
晩遠もろとも海苔で巻く。
私は海苔で かく巻いたものを
酒で笹舟にし 躯の彼方に流すが
酒を呑まぬ金柑女房は自ら以上のものを食べ
全身を刻々 海苔で包まれてゆく


わひゃあ、(黒いっ、黒いっ、)
わひゃあ、(中年の歓び・オノマトペ)
わひゃあ、(いまだ汝が別物になれるなんて)


この「夏炉冬扇」仮面が女房の二の腕に
低い鼻くっつけて犬の息吐く、
女房の肥りじし折り曲げて
弓張る力をヒタたくわえる、


聴いたGSがひよめきから漏れている
《泣きぬれる太陽の剣で
あなたを (射止めたい)》
ブルーインパルスなら愛の壮語、
いずれ瞬時にしいられた喪から
病みあがる鰻的[マンテキ]な暑さも抜けない


――なあ佐藤さん、あなたの死後
びっくりするほど不快なブログをみたぜ
あなたが最期に駆け上がった団地の階段、
その激甚な視界変化こそを
あなた自身がドキュメントすべきだったって


映像にしえないものを守る倫理が
浅はかな言葉でかくも蹂躙されたので、
偶然に黒衣となった女房と 私は
《死ぬまぎわの 海に近いもの》を
これから見にゆきたいのだ


そのまえに双つの掌をあわせ、












18【梯子語り】




映像にしえない
「犀と蝶のアイノコ」を
飲み屋で交わす
風説に訪ねる
ひらっ ひらっ、
いまし いずれも
われわれの「訪問記」


きらめいている輪郭の
ことではないだろうか、
「鰻的」もアイノコも。
改行屋はずんぐりと開陳する
なら「ぽりふぉにぃ、ですよ」


《空は行かず 足よ行くな》


公共施設ではたらく
奇妙な現代人を眼中に
こっちの睫毛が
古事記になる。
虚詩を燔祭にして
数々のタケルもほうむり
撥音の群をツッツッ、と
跳ねてゆくと、


きっと川に渡した梯子だな、
橋になるまえの意味なぞは


《日本という島の
原風景を動物化すれば
それは鹿だ、》


むろんわれわれは雁のような
カッコいい断言なぞ封じられて
改行屋もいつしか
象の背中に乗り 遠く喋ってる












19【橋の図鑑】




道がなく橋だけのある
葦や「悪し」の一帯で
私は全身を世界の疲労にとかして
千やそこらの橋をゆく
時間がいつかはわからない


上こそを水の通る四万十の沈下橋や
大水で壊れた大井の木橋、
V字に崩落した酒匂の橋
それでも橋に橋がただつながって
歩くここらが、変にもどかしく


茶色い虹がつたえて、
カフカの金属的な肉声が響く
ほ 牛腸さんの声に似ているな
《私は橋だった 寝返りを打った
私はバラバラになり 刺しつらぬかれた》


保田さんの重厚な咳払い後なら
《さ丹塗りの大橋の上ゆ
くれなゐの赤裳すそひき》
ジンメルの細心なら
《扉はそこから踏み出るとき
橋が与えてくれるような安定感を奪う》
ならば橋が扉の連続状になっている


いずれにせよウォタールーでもみられるものは
いつも《眠るまぎわの 夕焼けに近いもの》だ
少年のように私は人などみていない
象なしでも象の背中が通るから


橋だけを綴ったここには
さんぼん縦線のあの字ももはやない
濡れていて涸れているそこらを歩きまわったあと


立ち方によっては 私が端だろう












20【砂下ろし】




月に一回、オフクロが
「砂下ろし」の日を宣言して
蒟蒻ばかりを喰わせた
表情の憮然はそこで覚えた。
瞰下ろして 眼下の雲古に
灰色の砂絵を感じては
月ごとに背の伸びる自分も怖くなる
花田清輝「砂について」を読む前だ


甘泉庭園の端に佇つ
血を巡るものが緑陰、
私と私以外がふれあって
万端がざわざわした、痒い


(七面鳥の首を絞めて
悪童が七色に笑う


(打擲癖の婆さん登場
《お前と食べ物は
箸で渡されているのさ
いにしえから箸は橋だよ
ちゃんと使えなきゃお前が摩滅する》
――婆さん、与重郎めいた機転を


打撲の灰色を愛した
「膚のメダル」と謂っていた
《だがお前、世をずれては
眉間の打撲痕もとれんぞ》


そうだ、拭う指あって だから手偏か
掏って、招いて、拌[かきまぜ]る。
手許ばかりに久遠の根拠、みていたな
地の白に 図の白
レダと白鳥の根拠だ


(そこを)装束が通る、人ではなく












21【身虫】




昨日からの
棒を掴まれて
身虫の鬼がぞめく
かくして不機嫌


地に地命があり
よって彼岸花が
突然に生える


第一に突然ということ
次いで花肉にまるで
面がないということ


彼岸花に反意ひるがえり
路傍が路傍でなくなって
見えない傍らの通行が
ひかひか炎える


みんな、行った
人ではなく
みんなの身虫、通った
装束ではなく。
(地面とは
地線でした


鏡面とひとしい

厭気の私は
もう心では
線、
そうして揺らす、揺らされる


あなろぐ魚やもーるす信号が聴えて。
《地球の朝焼け揺らす
世界のエンドロール
《遠くても離れていない












22【酔芙蓉】




遠くても離れていないことに
躯のなかの他者の基準がある
そう神谷バーで感じて
いざ酒で肌を桃色にした
若い女の面長の和風を賞玩した
(ショートカットだったな)


この女は今朝歩いてきた
酔芙蓉の農道をおもわせる、
そこからの距離を近いともおもわせる、
そんな望遠を身中に置いていた


古代音階を放つてのひらのにおい


(僕は開きすぎた酔芙蓉に
順に手をかざす奇異な行動をして
後ろをあるく女房に咎められた)


季節が巡り 巡りきる酸鼻に
かすかな存在だけが酩酊する。
「酔」の字を接頭辞された花ばなが
世界の輪郭を揺らす、(破線へと)
そんなふうにひらひら歩いて
崖から落ちるなよ、詩的なんぢ


肌若く、脳天が古い(遠くても
離れていない)玉川満が莞爾とする
おうよ そんな鷹揚を前に
赤尾兜子の句が憶いだせなくて
三十年もの遡行がまよう
数ヶ月前の鯉幟も眼底に揺れる


今年を釣ろうとする(今年なぞ釣れない)。
また沢下りする水学の授業だな
僕の撒餌も芭蕉の脇に投げられて
べつの水脈を流れに流すだろう












23【単飛】




あんたが見ている白は
俺が裏返している肌
日暮れまで予感していた
あんたの眼底のすべてだ


丸め込み、折り
抱き寄せると
あんたは汐い息を吐き
寄せる波も俯瞰させる
今日はまた
極端に折られて
腕許にちいさい。
入り込んできた珠のように


物音ならば
ざくり ざくり
茎を剪る音だ
《十四五本もありぬべし》


今日の餞別には、
このロボットの躯から
円いものを出す
「息を抜いた」かも。


講義用テープをつくり終え
夜の新宿に繰り出した
単飛の鳥となりゆくも
うすれて、べつの水脈を


会うひとごとへのキス
尾花が網膜に光るまで
あらゆる擦過に
乱倫傾向をまぜる
まぜかえす。


単飛の鳥となりゆくも












24【頭山】




《曇天の日にかぎって面倒がおこる》
視野に四角く截ろうとした
「前方」が揺らぐから。
ゆっくりと姿を現す「滲むもの」
臆病は足許を見て歩きつづける


草の花の青や青を吸い込んで
眼底に滑らせた数十秒
曇天に移動が触れて寂しさよ
眼路に青、生[あ]れては消ゆる寂しさよ


陽が雲間で手回し風琴を弾き
風体を冷やしつづけるから
不意に歌の残量が見えてしまう
本格の秋は砂時計よりもくびれる
肌着同士の行き交った今年の部屋ぬちも
過去の前方になり 点に閉じた


同じ日 京都の田中宏輔は
場所を換え 場所を換え
詩集のゲラを見直している
移動すると自分の詩がちがって見えるらしい
身の置き場が別なら眼路も別に
ならば宏輔さんが見ているのは
きっと「みんなのバード」だ
最初っから鳥の翔ぶかたちも
鳥ではなく空の残心だろう


くもりびの息を円く抜き
五条の橋から転がしてみる
淀へ淀へと 歌を懸けて


「頭山」は自我位置の矛盾
だが投身入水すべき山の池は飛び地して
小高さの薄青を眼につなげている












25【尾行】




《この世の果てまで後をつける
その人を殺してしまうために》
女の行く道に沿っては
格子戸が無数に並んでいる


木から白糸が噴きでている
あれがかつての花の位置
「空」といわないために、
女の匂いが電線にからんだ。
――長い髪束を懐中にしてゆく


電信柱は木製で
ブリキの傘に裸電球、
淀へ淀へと 歌を懸けても
喉仏が暮れるのがかくも早い
《喉仏の代わりに踝》
だから少ない女が嫌いなんだと
夕光の直中 髪束を握り
懐かしい女をずっと尾けてゆく


否 女ではないだろう
それは風景の空漠で
厚みすらないのだから


たいらに展[の]せない
かげろふな何かなのだ、


夕空にこの移動が触れる
僕は晩年のグレタ・ガルボの
「ああ、この家だったのか」の話を
壇上でしました(とっておき、さ)
おかげで切通理作の角がぴくぴく動き
廿楽順治の縦もさわさわ揺れる


そいつらだって やはり
《一人と数えられるかは疑問》だろう












26【滝は各処に】




落ちるところが定まっての滝なのだ
だが女はきょとんとしている
わからない女の少なさを見ぬふりして
眼前では 茛のけむりにかえてみた


近さが懐かしさか、遠さがそうか
難問に出会えばひとも歩度を変える
いつかは雲の峰が背後でダアダア落ちていた


誰かが北区へ帰宅した
配置だって憂鬱をつよめて換えるだろう
《鏡の前にても脂肪のなき梨よ》
女の泣きそうな顔に梨の素朴をみて
白糸を引いて呼び寄せた、「おいで」


《部屋は五階だったから
ぼくよりたくさん沈まなければならなかった》
愛する女は横だが 女友達はいつも縦
縦のものを呪文で横にして
だが「田」の字は脳裡でぐるぐるまわって
自身の姿を点滅のなかに温存する
怒気が梨の香気よりまさって
ちょっとした室内通路を凌辱の畦にしたんだ


いつかは雲の峰が背後でダアダア落ちていた。


水洗便所で何度も自分を取り替えて
垂れ落ちようとするズボンを引き上げた
ロボットめく前面も設定を更新した
なのにいうなよ、限度のない愛を
「滝もゆっくりと落ちれば川」なんて。
とどこおった泪が汨羅になってしまう


ついに後方確認して
夢のなかでのように 凶暴に
投身なき汨に 投身をみた












27【轢死】




もう毛細血管のように
鉄路もろーかるを
はなやかに縫ってはいないのだが
(戦前が消えた、
(猿田彦の最後のあしあとが


あそこも汨、
ここも汨と屈原し
くうかんをくるいでゆくべく
食卓へむぞうさに置かれた
ぽいんとおぶ「びゅう」のチラシとる
(朝から はらくちていた
(それに女房はいつも
この世を出たがっていた


どれどれ水郡線 釜石線 左沢線
さすがに血紅がいっぱい
最後の緑からそんなのが噴きだせば
いいしゃしんと網膜も沿わんとするよ


ひとが老眼鏡を買うのは秋、
という隣人のことばを
むねから紐ひりだし
水差しに添って憶いだす


せつなさや手許の橋を列車が渡った
みにちゅあの座にみちのく収まり


チラシ文言、《横丁へ、旅深まる。》
書けんな、こんなくうかんの折込は。
列車も手足だけ運べばいい
秋の真髄を列車と手足でわかち
たましひは野へ置き去りに。


この身がばらばらになれば
短日の花もそこに数本が咲くか












28【金木犀】


かどをまがると
べつの秋があらわれる
垣根沿い ゆくあゆみ
だがときに足なくて
垣根へかくれ


ころん、
秋なりのかげも
午後がふえて
片踏みに銀のうつる
いつでも片から方へ
身をとおしたが


ひょうたんの鳴るきせつは
明視のそこがぬける
さざんかの垣根も
ひなの蓋どころか
天体へのきざはし


ころんころんと何処をあるいて
うすまるよ、秋が
千のからだ並べる白が


順番に金木犀見ゆ破滅以後
くうかんの序列が
ふもとまでしるく澄む
くうきも香りにかわり
いまさらすこし死ぬために
いまさらすこしそれを吸う


おもいだすなかで
金木犀のかずとおなじ
かぞえればはつ恋も
十指にあまりだす


十指の花に












29【てつぶり】




短歌と映画をやる友衣
音楽で眼が燦めく大中とで呑む
いつもの早稲田 モツ焼き屋


店頭の赤提灯のなかに
丸はだかにされた貴婦人の背中が
ほろほろ泣いていて、
取り巻く愛語もいっぱいだ
《臓物は天からの寄贈物》
《はらわたの透くまで泪を》など


歯で串を抜く野蛮
横へ横へ食餌が伸びるから
しぜん会話が縦になり
僕の歴代日記が頌められる
世辞には唐辛子をかけるくらいが
鱶鱶した地口に合ったりする


つられて友の衣をおもうのか
手許から滲みだす 秋のはがね
秋には明視の一点がおもく
「手瞑り」がまぼろしの鉄鰤にふれる
泳げない類別が いろくづにある


それを流しやり わかめの底にしずめ
楽をゆきかわせることが
われらの《八岐に別れゆきし日》


春に野蒜を摘まず
秋に枯れ蔓をはらって
十指によごれた幼名の名札を
古壁にあきらかにする
この声のあいだに千のからだがある


かえるさ。
白風に垣根のただしさパウロ来る












30【トリガー】




口髭にしろいものがますますまざり
顔のしゅうへんも白風になってゆく
(なんだかさむいな――パウロの手足が)
研究室でペットボトル緑茶のみつつ
朝のおわりをふと見当てた


そうか、廿楽さんは「円」で来たか
《とつぜん晴れわたった はなれたところ》
ひそかに光の傷みをみてるなんて凄いな
でもその立ち位置がどこなのか


来訪は婆沙婆沙、と音がして
ブラインドに天誅が折れこんでくる
なんで一瞬にして事後だろう
鍋底をまわす手のように
塵や霞がくうきにわらっている


講義では 毛に毛が馴染むと
けだもの同士の親愛を頌めた


セル画に狩りだされた「紅い花」の少年が
結局おんなのこの初潮を見そびれる
だからおんなのこは山猫バスにのって
夕暮れの電線をうぃんうぃん伝った
飛ぶ電気 火花、それでみんなが
電気使用法の間違いをゆめみる


至純を自己伝説にして せるふらぶ完了。
《怪異は子供のころにだけ現れる》


みえない蝙蝠のせいか
講義中、教授的な空想に悩む
重なるものの怖ろしさ
《鳥に鳥が。》《鳥に鳥が。》
ひそかにトリガーを引きつつあった
チョークをもっていたはずの指が












31【駅舎】




輪になると
子供たちが消える
もともと気配なのだ
たてもののなかなど
よこぎってはいけない


はーめるんの笛音がもう
おーろらのスカート
あたまのなか北極もへこむ
おとなだって鎧をきれば
一瞬にして事後


すぽんてぃにあすな
けむり、ばかりの巷に
印刷ずれした鉄路がのびている
まだあけがたなのに


おおかたの生きも
うすい髭根を生やして
ぞうりむしよりとうめい
つとめて握手はするけれども
つながる朝がなんと
苦いかんしょくなのか


歯科医院に駅舎を感じた
(それが秋のおとない、)


ほら口を開けてみて
歯なんてないですただの穴です
電車はしかし口から出る
ぼくら躯のない子供たちと
すこしのびた不全をのせて


駅でしょう駅でしょう
輪のかたちに馬のつながれた
きりたちこめるすべての朝も












32【池袋から】




街路の最新で待つが
遭う形式にすでに魔
子供ですら辻を怖れている
池袋、辻だらけ


条理なきかさぶたに
発眼の初源を塞がれて
産まれ落ちた
ファッショナブルな柿いろが
標的の盲目になっている
むろん信号にすぎないのだが


冷たくてあたたかい
あらゆる中間
人や人が交差した
みな一刻さきを擦れようとして


背離のケースに詰められた婦人
のふとうめいな硝子体
(そこも急ぐな、)
去り際ふりかえっておもった
折られても膝枕までだろうと


来信アリ「深谷はなにもないです
「空なんてないですただの穴です


敗色を片づけ直して
唾液が動くだろうか、舌が。
「点滅の歩く」領域が渚だと
いぜん返信した気もするが
条件が正午からたちこめた
暮色とは打たなかった
絵にも僕にも――全体がないな


いわば池袋から鎌倉をどの線で行くか
身に負った旅程を鎮めるために












33【もののけ】




もともと動きとは
こんなものではないかと
ただ動きをみていた
「首が飛んでも動いてみせる」
そうだろう、動きとは
「首が飛んでも笑ってみせる」
そうだろう、笑いとは


万象はあるが
いつも全体などない
ひそやかにゆれているだけだ
ゆれるからみなが同じになる
酒場の隅だって同じになる
あくまでも仮だ
全体がここにあふれていることは


《ゴーストが川辺の草といっしょに
川の水を覗き込む》
「こちら」の意識なきこの文で
場所がいっきょに非場へつうじた


葉裏から魅[もののけ]が湧く
にじりあがるゴーストの通い路
躯の虚数がぞろぞろ動き
むこうの七草にも七種の雨脚が立った


益体なき焼きトン屋にて同じ者たちは
同じたくさんのものを食べた
追憶的にすきとおった血管で
かこわれた胃の森にも
秋の同じ がゆれていた


塹壕からわれわれを送るだろう
何かの墨書のおわりへむけ
ひとからげを縦にして












34【港そだち】




港みなとに舟、
それだけで補陀落がかいやぐらする
何柱の塔 おのれに向かう岬を
海岸線によびだし
いやおうなく水面も盛りあがる
たたらふむ をんな肴に
それらを呑もうじゃないか


土がななめになって
水が屋根をふくらみ
骨すかすかの巷ができる
虹をわたったのちは
橋というすきまはすべて爆破した
それが 港そだちということ


ともだちを送る 死地へとおくる


住む都はゴダール、町の人がいう
情の節は 情の悴は。
死んだ映画館から蕭蕭と
まだ剣戟音がもれている
まなうら疥癬だらけの
しらす腰越、
老婆こゆるぎ


兄貴、詩が下手ってことは
心に正義がないゆえかい
(こくりこくりと白河を漕ぎな


一空間は他空間を保証しない
無限のひみつもそのあたりにあって
だえきをかためてぬったのちは
橋というすきまはすべて爆破した
うまれたときからけだもの
材木座も侠や福のにぎわい












35【棚を考える】




蜜柑の実るまちだったと
不意に気づいても
思い出は呂律がまわらない
空だって 見たという実感が
終生湧かないままだった


物書きには背景が紙と拡がるばかり
皺だらけのそこ、
トリモチでたどられた折れ線にも
奥ふかく鴉一羽が刺さっている
こんにちの、空のきぃきぃ


なんにも統べはしない、
愛の形式は でも手渡しに尽きます
どうぞこの糸車を発煙筒を。
自分を化かさずして何の死後想起か
鏡というすきまもすべて破砕した


賑わっている賑わっている
穫られ損ねた糸瓜が霊体となって
庭の棚状をぼんやりとゆれている
(謹啓――昨今、「棚」を考えています)
ゆれるものがやがて線となるから
予感も賑わっているというのだ
王冠をかぶらずして王
が往還音痴のままゆきかうから


ありふれる地上の乞食[かたゐ]なのだ、


一糸が別糸を待つ、
この緊張で裁縫師の手許も交易も
澄んでゆるがないだろう、秋は。


もうじきおわるよ――何が?
暗い白に暗い白をかさねるマラルメ型が。
「白から白へ、に移行なし」(校庭碑文)












36【透かしのもよう】




散歩ごと朝をかさねて
心はいわれぬもの無尽


棚も身のなかにあふれ
ひきだしのひきだしが
身をひろがってゆく
田――名?
眼路のたなもただ
青くなりまさった藤が
ぼんやり垂れるだろう


無風が万物の
無魂をあかしする
重力だけに統べられた
ものの かっこたる惨状


朝の分割は
分線がうすいので
区分のなかへ
きっとひかりが喚ばれる
やがてうすくして
みな分割でなくなる


つるべを借りる
桶から水も借りる
井戸べりにこうこつとして
ほいとになってゆく


さいごの棚、おしまいは
みたり笑へりき
この人数の形成を
ずっと待っていた


三様の朝を交換すれば
天道の座が あすからの
透かしのもよう




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