▼2006年度 早稲田大学前期義転載レポート

The Beatles『Revolver』(及川 麗菜)

【解題】
 ジョン・レノンに取り憑かれるとは、「存在」からもたらされる、通常ではない電圧の差に取り込まれるということだ。歌唱、声、演奏、作詞、作曲・・「奇矯」が一回性の美を演じてしまうその機微が閃光的だ。だから聴き手は何度も「追跡」をしいられ、「結局はすべてが存在論に帰結する」と、半ばは諦念の混じった述懐を漏らすしかない。

 その強さが最強度に達すれば、たとえばそれは「ハッピネス・イズ・ア・ウォームガン」になり、「ヤー・ブルース」となる。だが、それはビートルズ内にあって、ビートルズ以外の発掘を聴き手に導く。及川麗菜さんのレポートに感心したのは、そのような圧倒的なレノンではなく、ジョンのビートルズ内の微毒分泌を聴き分ける微分的な耳をもっている点だった。具体的には、『Revolver』でジョンが作り唄った曲「シー・セッド、シー・セッド」「ドクター・ロバート」「アイム・オンリー・スリーピング」。そこでは「完全に」サイケデリック美学に依拠したジョンの「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」がリストから外される。

 ビートルズに内在しているものはこの分野でこそ亀裂する。その亀裂が唯一無二で、しかも亀裂はビートルズを同定する軸で生じ、それがビートルズ聴取をさらに豊かにする。

 歌詞分析(及川さん自身の訳による)、具体的な演奏分析などはレポート本文を参照してもらおう。僕が彼女の文の欄外に書きとめておきたいのは、上述の靄がかかったような、それ自体はあまり自立性のない曲(「アイム・オンリー・・」はちょっとちがうかな?)の、「薄さ」「弱さ」が、微毒との混合によってこそポップ曲と掬されている点が素晴らしいということだ。及川さんはビートルズの独自の模様――他のバンドが願っても実現できなかった歴史的な唯一性を確かに視ている。調合における「ちょっとの」狂い、「ちょっとの」ズレ。それこそが来るべきポップの性質――及川さんは僕がいいたかったそのことを、告げているのではないか。

  このあたりを念頭に置いて、読者には下の及川さんのレポートを読んでほしい。
(阿部)

The Beatles『Revolver』(及川 麗菜)



注入されたジョン・レノンの微毒
       ――The Beatles『Revolver』

第二文学部 文学・言語系専修1年 及川 麗菜

【はじめに】

 ビートルズの作品において、よく野心的な作品と評されるのは『Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club
Band』(以下、サージェント)と『The Beatles(以下、ホワイト・アルバム)』である。

 『Revolver』は、「ビートルズ作品において初めて革新的な面を見せた作品である」と紹介されること
もあるが、その魅力・威力については、先述の二作品に比べて言及される回数は少ないと感じる。

 『サージェント』は言うまでもなく、フラワー・ムーブメント渦中に発表され、「ロック史上初のコン
セプト・アルバム」とされる作品である。その性質上、メンバーの野心が顕著に表された作品と称され
ることもあるが、実際耳を傾けてみると、毒気を感じさせる曲はあまりない。

 かたや『ホワイト・アルバム』には、陽気な雰囲気に妙に暗いコード進行という「The Continuing S
tory Of Bungalow Bill」を始めとして、聴いていて息苦しくなるほどの曲が数々見られる。

 では『Revolver』はどうなのか。テープ逆回転など、実験的な面が本格的に表れだした作品として、
このアルバムは評価される。しかしそれだけにとどまらない、「ポップ」と「毒気」という、ビートル
ズの音楽の二大要素が一番自然に表現されているアルバムがこの『Revolver』である。

 一聴すると、音に攻撃性を感じさせる曲と「それまでのビートルズ」の魅力が開花した「ポップ」な
曲に分かれていることが分かる。しかしその魅力は、単に「ポップ」と「毒気」が共存している、とだ
け言うには物足りない。

 この作品はジョン・レノンのドラッグ体験が色濃く表れている作品としても有名である。

 アルバム全体を聴いているだけでは、「ドラッグ体験」という言葉から連想されるような重苦しさは
感じない。『ホワイト・アルバム』の曲群に比べたら、はるかに軽さを感じさせるぐらいだ。だが、そ
の聴きやすさ、軽快さの中には毒が潜んでいる。ポップな曲に乗せて、毒がじわじわと聴き手を刺激す
るのだ。この作品は、「ポップ」によって「毒気」が聴き手に浸透し、「毒気」が「ポップに」表され
ることによってその殺傷力が強まる、という性質に満ちているのである。


【『Revolver』の「ポップ」と「毒気」】

 収録曲のうち、ジョン作の楽曲が五曲、ポール作が六曲、ジョージ作が三曲である。

 一曲目の「Taxman」は、イギリスの税金の高さを皮肉った歌詞と、荒々しいギター、躍動感のあるテ
クニカルなベースラインが効果的な、心地よい毒気を感じさせる楽曲である。またこの曲と同じくジョ
ージが手がけたインド風の「Love You To」の疾走感は、『サージェント』に収録されている同じインド
風ソングの「Within You Without You」より攻撃的だ。

 一方で、同じポール作の「And I Love Her」を彷彿とさせる甘く美しいメロディを持つ「Here,There
And Everywhere」などには、ビートルズの「珠玉のポップ・ソング」の魅力が余すところなく発揮され
ている。また、かの「Yellow Submarine」が収録されているのもこの「Revolver」だ。ツイン・ギター
のハーモニーが軽快な曲調に映える、ジョン作「And Your Bird Can Sing」も、このアルバムのハイラ
イトである。

 ここで異質なのが、ジョンが手がけた他の曲である。このアルバムの最後を飾っている「Tomorrow N
ever Knows」はその代表である。お経のようなメロディと歌詞、延々と繰り返されるリズム、逆回転の
ギターの音。挑発的な印象を与えるが、重さはない。発表された当時は物議を醸し出したようであるが
、彼らを模倣した「ビートルズ以後」の世代による数々の楽曲を耳にしている身には、そこまでショッ
キングな楽曲ではない。むしろポップさまで感じられる。その分、この曲の異質性が伝わるのだ。なぜ
なら、それでもそこには、聴き手の身に浸透させるほどの毒が存在しているからだ。

 『アンソロジー2』に収録されている同曲は、もっとあからさまにドラッギーである。しかし、やはりそこに重さはさほど感じられない。曲の「軽さ」がその奥にある毒を聴き手にじっくりと伝えるのだ。この曲が最後に置かれていることが、このアルバムを象徴していると言えよう。

 その他にもジョンの奇異性を感じさせる曲がある。それらの楽曲を次において分析し、このアルバム
の「軽さ」「重さ」が同居する魅力を探っていきたい。

※補足
  しかし、もしジョンが手がけたような、ドラッグ経験を反映させた曲がこのアルバムを占めていたら
、(そこにポップさはあるといえども)さすがに作品のムードは重苦しくなり、『Revolver』の魅力は
半減しているだろう。他のメンバーの「珠玉のポップ・ソング」により、ジョンの奇異性が自然に浮か
び上がり、また同時に全体に重い印象を与えないことに成功しているということをここに明記しておく


【ジョンの奇異性】

 先に記したように、ジョンのドラッグ体験がこの作品に大きな影響を与えている。ドラッグを題材とし
て扱った楽曲は「She Said,She Said」と「Doctor Robert」の二曲である。

 私はこの二曲がドラッグを扱った曲だということはしばらく知らないでいた。そのことを知るまで、
この二曲を自分の中では「ポップだがぱっとしない曲」として位置づけていた。だからこそ歌詞を訳し
、改めて聴くと、その奇異性には寒気を感じるものがあった。曲だけ聴くならば、普通にポップな曲と
して耳を通る曲なのである。


●「She Said,She Said」

彼女は言った。「あたし、死ぬのがどんな感じか分かる。
“悲しくなる”のがどんな感じか分かってる。」
そして彼女のせいで僕は生まれてきていないような気持ちになる

僕は言った。「君に誰がそんなことを吹き込んだんだ?
そんなことは僕の頭をおかしくするんだ
君のせいで僕は生まれてきていないような気持ちになるよ」

※彼女は言った。「あんた、あたしの言ったこと分かってないわ。」
僕は言った。「違う、君は間違ってる
僕が子供のとき、すべては正しかった
すべては正しかったんだ」

僕は言った。「君が自分の知ってること分かっているとしても
僕はここから去るよ。
君のせいで僕は生まれてきていないような気持ちになるから」

彼女は言った。「あたし、死ぬのがどんな感じか分かってる。
“悲しくなる”のがどんな感じか
死ぬことがどんな感じか」


 この曲についてジョン自身は、俳優のピーター・フォンダ達とLSDでトリップしていた際の経験を題材
にしていると述べている。歌詞中の会話はピーターと交わした会話が元になっているという。

 曲調そのものは、ミドル・テンポのメジャー・キーの曲である。一聴すると、曲調に毒は感じられな
い。しかし歌詞は、同じ言葉が繰り返される、トリップ中の会話の不気味さが際立つ。そう考えてみる
と、キラキラしてだらっとしている曲調もサイケデリックな雰囲気を醸し出しているとも言える。歌詞
、曲調が双方に作用して、毒を生み出している。

●「Doctor Robert」

友達に電話をかけて、ドクター・ロバートを呼ぶように言った
いつでもドクター・ロバートはそこにいる
※ドクター・ロバートのおかげで、君は新鮮な気持ちでいて、気分がよくなっている
彼は理解するのを手伝ってくれる
彼はできる限りすべてのことをしてくれる

もし君がダウンしていたとしてもドクター・ロバートが助けてくれる
ドクター・ロバートの特別なコップの飲み物を飲もう
彼は君が信じるべき人
必要なとき助けてくれる
ドクター・ロバートほど成功できる奴なんていない

*ほらほらほら、君は気分がよくなってきた
ドクター・ロバートがそうさせるはずさ

僕の友達、ドクター・ロバートは国立保健所で働いてる
彼に見てもらうのに金を払う必要はないさ

友達に電話をかけて、ドクター・ロバートを呼ぶように言った
ドクター・ロバート


 あからさまにこの曲は「ドクター・ロバート」という人物がドラッグを用いて治療している風景を描
いたものであるが、これはアメリカのある人物にまつわる噂話やジョークを基にして作られたものだと
いう。ポールは歌詞について「これがファッションだった」と語っている。この曲は、言うまでもなく
「フラワー・ムーブメント」なくしては出来上がらなかった曲なのである。「ほらほらほら、君は気分
がよくなってきた(Well,well,well,you’re feeling fine)」の箇所のオルガンの音と歌詞の組み合わせ
には、意図的に悪意が込められているようだ。

 また、ドラッグを題材にしていなくともジョンの奇異性が表面化されているのが「I'm Only Sleepi
ng」である。


●「I'm Only Sleeping」

※朝早くに起きて、頭を枕から上げてもまだあくび
夢の中、僕はベッドの中で天にも昇る心地
僕を起こさないでくれよ
揺さぶったりしないで ほっといてくれ
とにかく寝ていたいんだ

みんな僕のこと怠けてるって思ってるみたいだけど
そんなことどうでもいい、奴らの頭がおかしいんだ
奴らはどこにでもあんな早いスピードで駆けていくだろう
無為なことだって分かるまで

僕の生活を台無しにしないで
僕は心ここにあらず
まあとにかく
僕は寝ていたいんだ

窓の外を伺いながら時を過ごす
寝そべって天井を見つめて
眠くなるまで待つ


                         (以上すべて拙訳)


 まず明らかに異質なのは歌詞というよりメロディである。このけだるく美しいメロディは退廃的だ。
聴いていると、どことなく背徳的な気分になって、官能的ですらある。音楽的な要素について、「ビー
トルズ=優等生」というような時代遅れの偏見を持っていた私にとってこの曲は驚きだった。

 歌詞は現代社会を風刺したものと見られるが、この精神はフラワー・ムーブメントの反物質主義にも
通じるものがあるだろう。しかしひとつひとつのフレーズを拾ってみると、それ以上に奇妙な点がある
。「dream」との韻を踏むために「upstream」という言葉が用いられたとしても、「寝ていたい気分」を
以って「ベッドの中で天にも昇る心地(Stay in bed,float upstream)」というサイケデリックな表現を
、普通するだろうか?同じように、「day」と「away」の韻を踏んだ「僕は心ここにあらず(I'm miles
away)」というフレーズも、夢という非現実の世界にいる、ということを表現するには少々過剰な感が
ある。いずれにせよジョンの言葉遣いの才能を感じさせるが、このようなフレーズが曲の冥性を強化さ
せていると言えよう。


【おわりに】

 『サージェント』の魅力は、メンバーの野心が彼らの元来のポップ・センスと結びついた楽曲にあると
考える。一方で『Revolver』の魅力は、「野心」というよりも彼らが元から抱えていた「毒気」があく
までポップに打ち出されたところにある。「毒気」をそのままの「重さ」で表現することよりも、こう
して「軽さ」を以って表現することにより、致死量は増すのである。作成当時、その点において意図的
だったのか無意識だったのかは分からないが、彼らのこうしたセンスがこの傑作を生み出したことは言
うまでもない。

●参考文献
http://www.geocities.co.jp/Broadway/5266/beaAlb.html
http://www2.neweb.ne.jp/wd/there/Beat_idx.htm

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