▼2006年度 早稲田大学前期義転載レポート

ジミ・ヘンドリックスについて(蟻坂 多詠)

【解題】
 ジミヘンは今期の早稲田サブカル「ロックジャイアンツ」講義で扱った。ギター(機械)と身体の一体性がサイボーグの粋にまで達しているとまず指摘してから、ジミヘンがグルーピーのセクシィな躯を触るスピードからして、彼の時間感覚が細分的(微分的)で、それが彼のフレーズに反映している、などのことをキッカケに話しだしたと記憶している。

  ジミヘンはロックなのか、ブルース音楽の発展系なのか? これにたいする解答は蟻坂多詠さんのレポートどおり、リズム(グルーヴ)に求めなければならない。ビートの均質加算がロック、無限細分を錯覚させる不安定(内発的=罅割れ的な脅威)がファンク(けれどもそこに黒人ダンディズムもある)だという二分法をまず考えると、ジミヘンは明らかに後者=黒人音楽の本源のほうに向かおうとしていた。歌詞についてのジミはロック/ブルースの折衷だろうが、ディランの影響&麻薬が彼の歌詞をカラフルなロックにしている。

 蟻坂さんのレポートが素晴らしいのは、ジミの「複音フレーズ」に注目している点だ。バラード曲の歌伴でのオカズフレーズともいっていいだろうが、それがジミは、リードギターのフレーズとともに天才的だった。ゆっくりしたスピードに「細分」がもたらされる。そしてジミの頭のなかでは歌唱のリズムとともに、その均質性を無限の細かさに向けて割ってゆく下部リズムが多層になって響いている。聴衆は抒情性に包まれながら亀裂を味わうという二重体験をする。ジミの躯は確かに「黒い」躯なのだが、ロックに黒さを分泌させる伝道師の躯でもあった。そういう躯に、ディランの通過痕が刻まれていたことが奇蹟だったのだとおもう。音と言葉の脅威は似ているのだ。

 蟻坂さんのジミ・ヘンの歌詞パターンの分析も端的にして秀逸。このサイト「ロック訳詞集」にジミヘンも入っています。読者のかたはそちらも参照にしてください。そう、蟻坂さんのいうとおり、「寓話性」に達したときジミの歌詞はディランと完全拮抗するようになる。
(阿部)

ジミ・ヘンドリックスについて(蟻坂 多詠)



複音フレーズ/寓話性の歌詞
       ――ジミ・ヘンドリックスについて

第二文学部 表現芸術系2年 蟻坂 多詠


 今回、私が取り上げようと思う60~70年代のロック・レジェンドはジミ・ヘンドリックスである。私たちの国ではジミヘンとして親しまれ、またギターを弾く人たちにとって憧れの存在である彼のすばらしさについて私なりの観点で述べてみたいと思います。

 まず、私たちの基本的なジミ・ヘンドリックスについてのイメージを挙げてみたいと思います。ジミヘンは左利きの黒人ロックギタリストで、ブルースを基調としたトリッキーなプレイでロックギター奏法に革命をもたらした。また、エピソードにも事欠かさず、ギターを歯で弾いたり、股割りで弾いたり、頭の後ろで弾いたりして観るものに衝撃を与えている。またギターをステージ上で燃やしたというエピソードはあまりに彼を語る上で有名なものである。

 それでは、このイメージを基に、ジミヘンがどうすごかったのかを検証していきましょう。先にジミヘンはロックギター奏法に革命をもたらしたと述べました。では、ジミヘン以前と以後では何が違うのでしょうか。それは白人要素に黒人要素がシェアを増したと考えられます。それ以前はロックというものはもうすでに白人のものとなっていました。確かにロックの初期であるロックンロールは黒人が生み出したという意見もあるでしょう。ロックンロールは黒人のブルースと白人のカントリー&ウェスタンが合わさってできたものだと一般には考えられています。ロックンロールの中からはチャック・ベリーやリトル・リチャード(ジミヘンは彼のバックバンドもつとめていた経歴があります。)といった偉大な歴史に残るミュージシャンを生み出しています。

 しかし、同時に白人の側からもジョニー・キャッシュやジョニー・リー・ルイス、そしてなんと言っても、エルヴィス・プレスリーが登場します。エルヴィスがキング・オブ・ロックンロールとなるといつしかロックンロールは白人のものとなってしまいます。これはテレビスターともなったエルヴィスを視聴する層が白人であったことも影響しており、いつのまにかロックンロールは演奏する側も楽しむ側も白人となっていきました。この流れは、ビートルズの出現でより顕著となります。ローリング・ストーンズもバーズもみんな白人でした。しかし、ここで、ひとつ注意しておきたいことは彼らミュージシャン自身、偉大な黒人音楽の愛好者であり、常に自分たちの音楽のルーツをそこに求め、自身の音楽へと昇華していったことは忘れてはいけません。

 さて前置きが長くなりました。このようなロックにおける白人優位の中にジミヘンは突如嵐のように現れます。つまり、ジミヘンの出現というのは、黒人ロックの復権ともとれなくはないのです。つまり、これまでの白人主体のロックとどう違ってくるかというと、やはりリズムをあげないわけにはいかないでしょう。

 黒人は主に強靭なリズムを音楽に生かします。ジミヘンの場合もこれは例外ではありません。ジミヘンの音楽は今までの白人のそれと比べると、あきらかにリズムが複雑で、かつはねており、グルーヴィーで、ようするに、ファンキーであったのです。

 そうした、リズムの中で、ジミへンは超人的なギターテクニックで最大限に音を詰め込みます。つまり、当時の白人たちは、ジミヘンをとおして本場の黒人のリズムとその上にのった自由自在なギターの音に驚愕したのです。

 このことを示す印象的なエピソードがひとつあります。元アニマルズのチャス・チャンドラーに見出されたジミヘンは、彼の誘いによりイギリスに渡ります。そんな渡英直後、ジミヘンは当時の白人ロックの頂点に立っていたクリームのギグを見に行き、すっかり興奮したジミヘンは我慢ならずにステージに上がっては、ものすごい勢いでハウリンウルフの『キリング・フロア』を弾き始め、クリームのギタリストで、「ギターの神様」とまで呼ばれていたエリック・クラプトンにとてつもないショックを与えます。クラプトンはこのとき、彼のプレイを目の当たりにして、まるで気のふれてしまったバディ・ガイのようだと口にしたと伝えられています。結局、クラプトンはこのままどうすることもできずにステージを降りてしまったそうです。

 当時、神とまであがめられていたギタリストをステージからひきずりおとすとはどれほどのことであったのでしょうか。ここで、わたしが知っている中でジミヘンの『キリング・フロア』はモンタレーとBBCセッションの二つを聞いておけばよいと思います。二つとも荒々しい単音カッティングが非常にかっこよいです。

 つぎにジミヘンの白人のギター奏法と異なる点はコードを分解した上での複音フレーズです。これらの奏法が印象的に聞けるのはやはり『ヘイ・ジョー』や『リトル・ウイング』などがあげられると思います。これらの曲ではハンマリングやプリングが印象的な響きを残すことに成功しており、これらが多用されているバッキングですらソロのように美しい音色を奏でています。しかもこれをほぼ歌いながらやってのけているのであるから、いかに手の動きと口が別のものとして動いているのかとまるで人間サーカスのようである。ジミヘンの美しい複音フレーズは『リトル・ウイング』のイントロだけでも十分わかります。

 しかし、このような美しい音色がジミの頭の中には果たしてなっていたのでしょうか。答えはおそらくイエスだと思います。ジミヘンは大体一度聞いた音はすべてギターのどこで鳴らせばよいかわかっていたはずです。それだけ、ギターに習熟していたのでしょうし、また聞いた音をギターの音として再構成するかしこさをそなえていたのでしょう。

 天才的なミュージシャンというのは、大体にして音楽を吸収するスピードからして違うようです。ボブ・ディランがなぜあれほどすばらしい歌を作り続けられるのかというのも、彼の頭の中には、それを生み出すに足りるだけの情報量があったからだと思います。ボブ・ディランは大体1・2度聞けばその歌を自分のものにできたといっています。ジミヘンも同じようなエピソードとして、1970年のワイト島のライブで出番直前にイギリス国歌はどんなものかスタッフに聞いて、その聞いたものをそっくり直後の本番にて演奏してしまっています。このようにジミヘンは音に対する貪欲さからもすごさが伝わってきます。

 次にジミヘンは先ほどとつながりますが再構成の力がひじょうにすぐれています。それは彼の取り上げた曲、つまりカヴァー曲によくあらわれます。彼はカヴァーする際に、ただのコピーに決してとどまるのではなく、まったく別の曲へと生まれ変わらせ、完全に自分の曲へと変えてしまいます。たとえば先ほどにあげた『ヘイ・ジョー』もそうなのですが、やはり、ここで推したいのはボブ・ディラン作の『オール・アロング・ザ・ウオッチタワー』でしょう。イントロに始まる力強さから、ワウペダルを用いた劇的なソロにいたるまですべてがジミヘン色に染まっています。この曲からオリジナルのアレンジを聴くとディランのほうはなんだか物足りなく感じてしまうかもしれません。なぜならディランのほうはアコギ・ベース・ドラムにハーモニカとヴォーカルが乗っただけというシンプルなあくまで弾き語りのバンドサウンドであるからです。

 しかし、当時このシンプルな曲からここまでドラマティックな曲へとリメイクするだけのインスピレーションを与える側も受ける側も持っていたということでしょう。余談ですが、ディランはライブでは決してCD通りにはやらないことで有名なのですが、そのディランがこの『オール・アロング・ザ・ウオッチタワー』を後にライブで演奏したとき、ジミヘンバージョンを明らかに意識させるアレンジで演奏しています。これもとても興味深いことであると思います。

 ディランフリークで有名であったジミヘンですが、ディランもまたジミヘンの影響を少なからず受けていた証拠でしょう。またすこしふくらませれば、最近のディランが脚本と主演をつとめた『ボブ・ディランの頭の中』(原題:“Masked and Anonymous”)の中にもジミヘンについての会話が1分近くはさまれています。

 それでは、最後に彼の歌詞の世界にも触れておきましょう。ここまで繰り返してきましたが、ジミヘンは熱狂的なディランフリークでした。彼の有名な言葉に、自分はディランの詩のようなギターを弾きたいというのがあるほどです。また彼は、いつでもディランの詩集を持ち歩いていたと伝えられています。そういうことからもジミヘンの詩にはディランの詩の影響が認められても不思議ではありません。

 個人的に、ジミヘンの歌詞のパターンを分けてみましょう。一つは自分の性における強さをアピールした昔ながらのブルースのような歌詞です(『フーチ・クーチ・マン』的とでも言いましょうか。)。『ファイア』や『ヴードゥー・チャイルド』などがそれにあたります。ジミヘンの音楽のルーツとしてブルースは欠かせないものですが、歌詞においてもこれは同様のようです。

 またサイケデリックなラブソングというのも見出せましょう。これは、代表曲の『パープル・ヘイズ』や『リトル・ウイング』などが典型的でしょう。ジミヘンがドラッグを常用し結局死にいたったわけですが。その中で見た幻惑などから、歌詞のインスピレーションを得ていたのかもしれません。これは『アクシス:ボールド・アズ・ラヴ』にも顕著ですが、ジミヘンは色彩に対して非常にナイーブで歌詞の世界に重要な位置を示しています。ギタープレイと同様に歌詞の世界だけとっても、非常に万華鏡的あるといえましょう。

 最後にディラン的寓話スタイルの歌詞でしょう。ここであげられるのは個人的に大好きな『キャッスル・メイド・オブ・サンド』です。これは、最後には砂のお城のように波にながされ消えていくという真理を寓話というスタイルを用いて物悲しく歌いこんでいます。これはディランの『ライク・ア・ローリングストーン』とテーマが似ている気がします。実際にジミヘンもこの曲がお気に入りでモンタレーなどでも取上げているし、色濃くディランの影響を受けていることが感じられます。

 この曲のすばらしさを最後に訴えて終わろうと思いますが、この曲は歌詞も寓話的ですばらしいのですが、そのストーリー・テリングの方法がもうヒップホップといった感じがします。複音フレーズを多用した美しいギターもすばらしいし、このかれた感じが今のレッチリなどに継承されていることを考えると、もっとこの曲が評価されてもよい気がします。

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