▼2006年度 早稲田大学前期義転載レポート
ラジカル・ミステリー・ツアー(三好 正毅)
【解題】
三好正毅君の扱ったのは、ビートルズ『マジカル・ミステリー・ツアー』、とりわけそのなかの「アイ・アム・ザ・ウォルラス」。彼はアルバムの成立経緯についてはサラリ、と流して書いている。
で、後半に注目。彼は僕の対訳もふくめ三つの「ウォルラス」訳の比較検討をおこなっていたのだった。辞書をきちんと引いての綿密な検証は学生の鑑。そしてそのなかで、僕の訳が褒められた。嬉しかったので、転載させてもらった(笑)。返す刀で山本安見訳が論難される。これは日本人のロック受容史に絶対必要なこと。それでも三好君の評点が高まった。
もう一個、三好君の攻撃の矢が、中山康樹『これがビートルズだ』に向けて放たれる。「講談社現代新書」だというのだからある程度、普及もしている。重版数を三好君がちゃんと書いているし。しかしそれにしてもヒドい。三好君が証拠物件のように引用した一節だけで、これほど、音楽のみえない奴が、これほどの視野狭窄と偏向でビートルズ論をものしていいのか、とたちまち憤りが起こる。この点も重要な警鐘ポイントとなって、レポートのなかで光っている。
ともあれ、ちょっと変則的なレポート転載でした。
(阿部)
ラジカル・ミステリー・ツアー(三好 正毅)
ラジカル・ミステリー・ツアー
人間科学部環境科学科 3年 三好 正毅
●『マジカル・ミステリー・ツアー』の概要
アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のレコーディングが完了してからわずか4日後の1967年4月25日、ビートルズの4人は早くも次の作品のレコーディングを開始した。それは、ポールがアメリカ滞在中思いついた、ビートルズの4人がバスに乗り込んでミステリアスな旅をするというアイデアの、テレビ映画『マジカル・ミステリー・ツアー』のタイトル曲のレコーディングであった。
アニメーション映画『イエロー・サブマリン』の制作やテレビ番組『アワ・ワールド』のためのレコーディングもあって、『マジカル・ミステリー・ツアー』の制作は一時中断されるものの、8月22日と23日には再開された。しかし27日、マネージャーのブライアン・エプスタインが睡眠薬の多用で急逝し、インドの伝導師マハリシ・マヘシ・ヨギの講演を聴くためウェールズ北部のバンゴーにいた4人は、今後の対策を話し合うためロンドンに引き返した。『マジカル・ミステリー・ツアー』のレコーディングと映画の撮影を開始したのは9月5日のことだった。レコーディングには、オーケストラを中心として外部から多数のミュージシャンが加わって、当時の最高水準の録音技術が駆使された。結局、レコーディングは11月2日をもって終了し、また映画は10月まで2週間撮影されたのち、11月にフランス・ニースでポールのシーンを収録し完了した。
『マジカル・ミステリー・ツアー』のサントラで使われたビートルズの新曲は6曲となり、アルバムとして発売するには曲が不足していたため、イギリスでは初の2枚組EPとして発売されることになった。他方、アメリカ盤では、LPのA面にサントラ用の6曲を収録し、B面に『サージェント・ペパーズ』に入っていない1967年のシングル曲を5曲収録した。アルバムのジャケットには、映画『マジカル・ミステリー・ツアー』のタイトル・ロゴが用いられて、また、表ジャケットにはビートルズで唯一すべての収録曲が記されている。EPもLPも映画のストーリーと写真を掲載したブックレットが挿入された。
1967年12月8日に発売されたEP『マジカル・ミステリー・ツアー』は、『メロディ・メイカー』では1週間だけ1位を獲得したものの、『ニュー・ミュージカル・エクスプレス』では「ハロー・グッドバイ」に阻まれておしくも2位に終わった。しかし、アメリカ盤アルバムは『ビルボード』で8週間1位にランクされて、発売3週間で800万ドルを越える売上げを記録して、キャピタル・レコードの初回売上げの当時の最高記録となった。また、テレビ映画『マジカル・ミステリー・ツアー』は、1967年12月26日にイギリスBBCで放映されて、75パーセントという高視聴率を記録した。だが、カラーが見どころである作品にも拘わらず、カラーテレビが普及してないこともあって白黒で放送されて、マスコミに酷評されるなど評判はよくなかった。
このアルバムに収録されている作品では、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」「フール・オン・ザ・ヒル」「マジカル・ミステリー・ツアー」の3つが個人的にはとくに秀でていると思われる。早大での講義中、阿部氏が「ビートルズの曲は聴いているとカラーが浮かんでくる」という主旨の発言をなさったが、これらはまさしくその通りである。どれも単色ではなく曲の展開とともに様々な色彩へと移ろいでいくのだ。曲の紹介をしよう。「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」――ジョンの代表作の1つで、リヴァプールの自宅近くにあり少年時代よく遊んだ、孤児院ストロベリー・フィールドをイメージとして使い、当時から感じていた孤独感を幻想的なサウンドに乗せて歌う。テンポもキーも異なる2つのテイクをプロデューサーのジョージ・マーティンがジョンの依頼で1つにまとめる。
「フール・オン・ザ・ヒル」――地動説を唱えて処刑されたガリレオ・ガリレイをヒントにポールが作ったといわれる。前半で「丘の上の愚か者」を世間からのはみ出し者として描きながら、最後では世間の方こそ愚か者だと「フール・オン・ザ・ヒル」に味方する。村上春樹『ノルウェイの森』の作中にも「ノルウェイの森」「ミッシェル」らとともに登場する。
「マジカル・ミステリー・ツアー」――同名テレビ映画の主題歌で、ポールの作。詞の一部をジョンが手伝う。冒頭のコーラス「Roll up, Roll up」の辺りは、テープの回転速度を落として録音し、再生時に思いっ切り速くしたらしい。
●ジョンは表現者、ポールは作曲家…?
音楽評論家・中山康樹氏は、自著『これがビートルズだ』(講談社現代新書)の中でポールへの賛辞のことばを惜しまない。「ポールの創造性、またしても大爆発だ」(マジカル・ミステリー・ツアー)「またしてもポールの最高傑作が出た」(フール・オン・ザ・ヒル)「六曲入りオリジナル盤〔EP『マジカル・ミステリー・ツアー』〕はポールの曲だけが救いだった」(ユア・マザー・シュッド・ノウ)「またしてもポールの大爆発だ。どうしてこんな名曲がいとも簡単に書けるのか」(ハロー・グッドバイ)「またしてもポールの大爆発だ。(中略)それよりなにより天才を感じさせるのは…」(ペニー・レイン)…そもそもの話、『マジカル・ミステリー・ツアー』の章のサブタイトルが「ポールの作った名曲群を聴け!」である。もっとも、ポールが天才なのは言わずもがな、今さら否定するつもりなど毛頭ない。もっぱら問題なのは、以下にみられるジョンについての氏の言及の数々であろう。
結局のところジョンは表現者であり、ポールは作曲家であったということか。映画『マジカル・ミステリー・ツアー』で使われた六曲は、曲としてのレヴェルやクオリティを超えてジョンとポールという二大天才の本質的なちがいを浮かび上がらせる。(中略)だが表現者たるジョンが〝表現〟したものがどれほどの普遍性をそなえていたかとなると話は別だ。それが〝表現〟の宿命だが、その時代だからこそ受け入れられたものが時代が変わることによってとんだ物笑いの種になりかねないことがある。よくあることだ。その〝よくあること〟に、時代とともにジョンの作品がカウントされていっているように思えるのは錯覚か。いや錯覚ではない。じつにもって笑いを禁じえないのだ。
話は飛ぶが、オールヌードのジャケットやベッドインをはじめとするヨーコがらみの一連のパフォーマンス(といえるのか?)は、いまやジョークとしか映らない。同様に当時のジョンのいくつかの曲も笑ってしまう。その代表が、この《アイ・アム・ザ・ウォルラス》だ。意地悪くいえば「セイウチになって楽しいか?」というわけだ。外部オーケストラが一六人、コーラス隊も同じく一六人というスケールは、たしかに当時としては〝かっこよかった〟かもしれない。だが、いまでは〝それがそうした〟で終わる。なぜか。曲として、音楽としての説得力にかけているからだ。最後に残るのは〝音楽〟なのだ。(アイ・アム・ザ・ウォルラス)
さらに、「そもそも曲としての完成度が高いために、ジョンのある種の曲のようにいじくりまわす必要もない」(ペニー・レイン)「それはポールが保守的ということではない。(中略)曲がよすぎるために前衛色が目立たないにすぎない」(ユア・マザー・シュッド・ノウ)そして、「ジョンの創造力と集中力が『サージェント・ペパーズ』を境に下降線を描いて」おり、「ジョン最後の傑作が、この《ストロベリー・フィールズ・フォーエバー》」で、というのも「以後のジョンは」「どこを探してもこの曲を超える、あるいは超えないまでも匹敵する曲はみつからない」からだそうだ。
講義において、阿部氏はジョンの音楽の前衛性を、今日にまで普遍性をもちうる先駆として高く評価していたが、はたして中山氏の指摘するとおり「物笑いの種」なのだろうか? ポールに比して、作曲家として著しく劣っているのだろうか? こたえは、その「物笑いの種」の代表たる「アイ・アム・ザ・ウォルラス」が、ビートルズの後継者の1つであろうオアシスの、ライヴのラスト・ナンバーとしてお馴染みだったことにも現れている。奇しくもそのライヴ・ヴァージョンは、イギリスの音楽誌『セレクト』で90年代の「オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ」と評された、日本編集盤EP「ホワットエヴァー」に収録されている。
●「ウォルラス」3訳の比較
ジョン作「アイ・アム・ザ・ウォルラス」のごとく不条理な詞世界ともなると、まさしく訳者にとって試金石となろう。以下、『マジカル・ミステリー・ツアー』に収載された山本安見の訳、「ホワットエヴァー」に収載された沼崎敦子の訳、そして講義中配布された阿部嘉昭の訳を、原文とともに挙げ検証していく。
〇アイ・アム・ザ・ウォルラス(山本安見訳)
僕は彼 きみも彼 そして きみは僕
僕らはたいして変わりゃしないのさ
ほら 見ろよ
彼ら 銃を向けられた豚みたいに走ってるぜ
あの情ない格好を見ろよ
まったく泣けてくるぜ
コーンフレークの上に腰かけて
お迎えの運搬車を待っている
社名入りのTシャツ着込んじまってさ
まったくバカげた呪いの火曜日だ
おい あんたは悪い子だぜ
ずいぶん陰気な顔してるじゃないか
僕はエッグ・マン 僕はエッグ・マン
僕はウォルラス(せいうち)
Goo goo goo joob
町のお巡りさんが坐ってる
かわいい小さなお巡りさんが並んでる
ふわふわ飛んでる彼らを見ろよ
まるで空飛ぶルーシーみたいだ
あの情けないザマを見ろよ
ひどいもんだ まったく泣けてくるぜ
死んだ犬の眼から
黄色いカスタードみたいな膿がしたたり落ちる
魚売りの女も 好色な尼僧もモノにできなかった
あんたは本当にいけない娘だぜ
そんなに簡単にパンツを脱いじゃいけないよ
僕はエッグ・マン 僕はエッグ・マン
僕はウォルラス(せいうち)
Goo goo goo joob
英国の風情を残した庭園に坐って
太陽が現われるのを待っている
もし 運悪く 太陽が出なくても
あの伝統的な英国の雨に打たれてれば
日焼けならぬ雨焼けができるかもな
僕はエッグ・マン 僕はエッグ・マン
僕はウォルラス(せいうち)
Goo goo goo joob
ひっきりなしにタバコをふかしてるお前さん
ジョーカーまで バカにして笑ってるぜ
あいつらの笑い方 豚小屋の豚そっくりだ
あいつら 汚い手を使いやがる
まったく泣けてくるぜ
セニョリーナ、ピルチャードはエッフェル塔の上
まだ覚えたてのペンギンが
ハレ・クリシュナを歌ってる
エドガー・アラン・ポーをめぐって
あいつら 何だかんだと大論争を始めてる
僕はエッグ・マン 僕はエッグ・マン
僕はウォルラス(せいうち)
Goo goo goo joob Goo goo goo joob
〇アイ・アム・ザ・ウォルラス(沼崎敦子訳)
君がオレであるように君が彼だからオレも彼であり
オレたちはみんな一緒
連中が銃を向けられた豚みたいに逃げていくのを見なよ
あんなに慌てちゃって
まったく泣けてくるね
コーンフレークの上に座って
ヴァンが来るのを待っている
社名入りのTシャツを着て
バカでうんざりさせるチューズディ
悪戯っ子だった君
ずいぶん長い顔になったもんじゃないか
オレはエッグマン 彼らはエッグマン
オレはセイウチ goo goo goo joob
座ってる街のお巡りさん
列に並んだ可愛い小さなお巡りさん
彼らが空飛ぶルーシーみたいにトンでるのを見なよ
あの様子ときたら
泣けてくるね まったく泣けてくる
死んでる犬の目からしたたり落ちる
カスタードみたいな黄色い物体
魚売りの女や好色な尼さんをものにして
ほんとに悪い娘だった君
さっさとパンツを下ろしちまうんだから
オレはエッグマン 彼らはエッグマン
オレはセイウチ goo goo goo joob
イングリッシュ・ガーデンに座って
太陽が出てくるのを待ってる
もし太陽が出てこなかったら
イギリスの雨の中に立って日焼けするってはめになる
オレはエッグマン 彼らはエッグマン
オレはセイウチ goo goo goo joob
息もつかずに吸い続ける年季の入ったスモーカーたち
ジョーカーに笑われてるって思わないのかい
彼らが豚小屋の豚みたいに微笑むのを見なよ
あんなにもたもたしちゃって
泣けてくるね
セモリナ小麦とニシンがエッフェル塔を登ってる
子供のペンギンがハレ・クリシュナを歌ってる
連中がエドガー・アラン・ポーを追い出すのを
君は見ておくべきだったね
オレはエッグマン 彼らはエッグマン
オレはセイウチ goo goo goo joob
goo goo goo joob goo
googooooooooooojooooob
〇アイ・アム・ザ・ウォルラス(阿部嘉昭訳)
君=彼、君=僕、だから僕は彼
みんな一緒
みろよ 豚が銃を向けられて逃げるどころが飛んでるぜ
泣けちまう
コーンフレイクのうえに腰掛けて
送迎車を待っているんだ
社名プリントTシャツ バカげた血の火曜日
おい お前、悪ガキだろ
顔がぐんぐん伸びてってるじゃないか
僕はタマゴ男 奴らもタマゴ男 僕はセイウチ
グーッ グーッ ジョーブッ
市警が 小柄で可愛い警官の上に座って隊伍を組む
奴らが空飛ぶルーシーの向こうを張って飛ぶのを見ろよ
あの慌てぶりといったら
泣けちゃう ホント泣けちまう
死んだ犬の眼から
カスタードクリーム、つまり膿が滴る
「サカナ女」も「ポルノ尼」も蟹縛り
ありゃりゃ あんたは何たる無作法娘
パンツを下ろしちゃうなんて
僕はタマゴ男 奴らもタマゴ男 僕はセイウチ
グーッ グーッ ジョーブッ
英国式庭園に座り 日の出を待つ
太陽が上らなくても
英国式降雨でずぶ濡れになりゃ
肌も灼けるかもしれん
僕はタマゴ男 奴らもタマゴ男 僕はセイウチ
グーッ グーッ ジョーブッ
モウモウもくもくの愛煙家よ
ジョーカーがあんたを笑ってるとは思わんか
あの笑いといったら 豚小屋のブタ ブウブウいわせて
涙が出るほどおかしい
セニョリーナ・ピルチャードが
エッフェル塔をほいこらさ
幼稚園児ペンギンがハレ・クリシュナを唄ってる
エドガー・アラン・ポーを論駁した
傑作の様子をみるべきだったな
僕はタマゴ男 奴らもタマゴ男 僕はセイウチ
グーッ グーッ ジョーブッ
〇I Am The Walrus
I am he as you are he as you are me and
We are all together
See how they run like pigs from a gun
See how they fly
I’m crying
Sitting on a cornflake―
Waiting for the van to come
Corporation teashirt stupid bloody Tuesday
Man you been a naughty boy
You let your face grow long
I am the eggman they are the eggmen―
I am the walrus goo goo goo joob
City policeman sitting
Pretty little policeman in a row
See how they fly like Lucy in the sky―
See how they run
I’m crying―I’m crying I’m crying
Yellow matter custard
Dripping from a dead dogs eye
Crabalocker fishwife pornographic priestess
Boy you been a naughty girl
You let your knickers down
I am the eggman they are the eggmen―
I am the walrus goo goo goo joob
Sitting in an English garden waiting for the sun
If the sun don’t come you get a tan from
Standing in the English rain
I am the eggman they are the eggmen―
I am the walrus goo goo goo joob
Expert texpert choking smokers don’t you think
The joker laughs at you? Ha ha ha!
See how they smile like pigs in a sty
See how they snied
I’m crying
Semolina pilchard climbing up the Eiffel Tower
Elementry penguin singing Hare Krishna
Man you should have seen them kicking
Edgar Allen POE
I am the eggman they are the eggmen―
I am the walrus goo goo goo joob
goo goo goo joob goo
googooooooooooojooooob
図1【蟹全体を茹でるため爪を縛った写真(俯瞰構図)】=省略
はじめに、3者に共通して気にかかるのは「Corporation teashirt」の訳である。本来、世間でいうところのTシャツとは「teeshirt」と綴るものだが、ここでは「teashirt」となっているため、おそらくこの「Corporation」というのは紅茶のメーカーなのであろう。
しかし3訳とも単に「社名入りの(プリント)Tシャツ」となっていて訳に反映されてはいない。続いて、山本訳。「You let your face grow long」の訳が「ずいぶん陰気な顔してるじゃないか」となっているが、これは少しこならし過ぎである。むしろ他の2訳のように不条理な作品世界をくみ取って、字義通り「顔がぐんぐん伸びてってるじゃないか」とした方が適切だと思われる。
そしてこの訳の最大の誤謬とは、「Crabalocker fishwife pornographic priestess」を「魚売りの女も 好色な尼僧もモノにできなかった」と訳したことである。ちがう、「モノにできた」のである。
「Crabalocker」の訳はどの辞書にも見当たらず解釈しづらいが、およそ阿部氏の訳のとおり「crab」+「locker」、すなわち「蟹縛り」だと推測される。前頁の図1を見るかぎりではとても「モノにできなかった」ようには看取できない。というかそもそも、その後の「Boy you been a naughty girl」「You let your knickers down」という展開を考えるなら相違ないはずである。また、「See how they snied」を「あいつら 汚い手を使いやがる」と訳したのも看過しえない。山本氏は、「上そりに曲がる」(研究社 新英和大辞典第6版)という意味の「sny」を、「snide(卑劣な)」と誤解したのではないか?その点において、「ブウブウいわせて」とそり上がるブタの鼻を連想した、阿部氏の訳はまさしく瞠目に値するだろう。
概して、沼崎訳は巧いがすこし上品すぎる嫌いがあり、他方、直喩の「like pigs」「like pigs in a sty」を、「豚」「豚小屋のブタ」と隠喩で訳したみせた阿部訳は文語的であり、ジョンの詞世界の芸術性・哲学性と通底している。もちろん、「ありゃありゃ」「ほいこらさ」(climbing up)など、「アイ・アム・ザ・ウォルラス」の世界の気分も忘れていない。これでは前項のジョンに対する評価云々についても明白であろう。
〇引用・参照文献
ビートルズ・シネ・クラブ編著『ビートルズ・アルバム研究』(プロデュース・センター出版局1991・9)
中山康樹『これがビートルズだ』(講談社現代新書2004・10 5刷)
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