▼2006年度 早稲田大学前期義転載レポート

Nick Drakeというエコー/あるいはメランコリーという名の存在(三村京子)

【解題】
この三村京子さんのレポートで扱われているニック・ドレイクを、僕は三村さん自身の薦めで聴きはじめた。今年の春ちょっと前だ。当然、ドレイクには神話がつきまとっていた。70年代初頭、高い注目を集めながらも、音楽シーン自体に馴染めない。鬱病なのだ。抗鬱剤を摂取するうち人嫌いが昂じ、アルバム制作に変調が生じる。評価を得た一枚目の張り詰めた抒情にたいし、2枚目のオーバープロデュース・アルバムのなかにドレイクはいない。三枚目はドレイクがやや調子を取り戻したが、曲作りで覚えただろう苦悩がまざまざと伝わる。曲数が少なく収録時間がアルバムとして極度に短いほか、詞のないインストゥルメンタル曲も目立つ。アルバム全体の存在論的な「痩身」性が歴然としている。で、ニックはその僅かのち、まだ20代半ばで夭折する。鬱病自殺ではなかったが、かぎりなくそれに近かった。死の直後はほぼ埋もれていた存在だったが、時代を経るにしたがい、彼の音楽はカルト的な注目を集めるようになる。鬱病者にたいする「伝説」がそうして完成した。
  イギリスの、フォーキーな男性シンガー&ソングライターがほぼギター一本で表現をするとき、空気感が第一だとわかる。ニックの声の緊張。そしてメランコリー気質をまるまる反映した、精確で律儀なギター。だがそれだけではニックの音楽が伝説にならない。
 三村さんの下のレポートの手柄は、端正な脚韻を踏む彼の歌詞が、解離性の世界観によって、「運命からの拒絶」を多層化し、自己と他者を対峙させ、結果、陽光が雨に変じて自己の輪郭さえ流してしまう惨い機微を伝えている。一聴の抒情の下から湧き上がる、不吉さの亀裂に静かに直撃されながら、しかも、それが亀裂にしたがって崩折れずに、音楽の唯一の力によって、一本線でなおも立ち続けている――ここに人は、音楽特有の不思議な奥行を見るのではないか。
 フォークが同定性(自らが自らであることに甘んじる)の音楽だった点はもうはっきりしているが、そのなかで脱同定性を成し遂げた例外的なフォークアーティストが二人いたと三村さんはいう。ひとりはディラン、それは彼の変貌のスピードと言葉の連射力に明らかだ。もうひとりは生涯曲数が少ないとはいえドレイク。しかし、それはドレイクの存在の質が、そもそも同定性を欠いていた悲劇を意味している。ただ、それはその音楽自体に沿って、こう言い換えてもいい。亀裂があるのに、亀裂によって起立の強度がます逆説的な音楽があったと。
 そういうことを示唆しながら、しかもこの三村レポートは妙な構造になっている。ご存知だとおもうが、三村さん自身がギターを抱え、インディシーンで活躍するシンガー&ソングライターだ。それで記述に、ドレイクへの、メランコリーへの、緊張感あふれる「同調」が起こっているのだった。原詩を確かめていないが、三村さんは、ドレイク「プレイス・トゥ・ミー」に合わせ、日本語脚韻詩として訳してみたと書くのだが、そのさいの脚韻の欠性をどう受け取ればいいのか。「居場所」をもとめて自らに同定性を欠落させてしまう音楽は彼女も同じ。そして「居場所」を自分とドレイクの、メランコリーの「中間」に求めえたとき、彼女の文章は崩れだすように終わる。「反響」だけを残して。
  ドレイクは自身と自身のあいだに反響を見出した。このレポートはその反響のなかで自身の姿を暗く晦(くら)ます。文章に詩性が感じられるとしたら、それはこんな、危険なものに関連している。
(阿部)

Nick Drakeというエコー/あるいはメランコリーという名の存在(三村京子)



<僕から剥がれた僕>と<僕>が反響する
       ――Nick Drakeというエコー/あるいはメランコリーという名の存在

第二文学部 社会・人間系専修4年 三村京子


●「Saturday Sun」

ある土曜の朝早く 太陽は昇った 透明の青い空に
土曜の朝日は、警告なく昇った 
だから誰一人として 「どうしたらいいのか」わかる由もなかった

土曜の朝日はそれ自体が、人々―群衆の時代において
たいしたものではないのだろう、という発想をもたらした

だが僕がそういう人々や街々/土地々々を想起するとき
彼らは彼らの「前進」にとって優良すぎた――
彼らは彼ら自身の邪魔をしていた
彼らの「前進」にとって
土曜の朝日は 今日 僕に会いには来ないらしい

己の脳内を旋回し、理性と韻とをもって物語どもを考えよ
彼らの季節/時代――何度も何度も巡っている――にいる 人々について考えよ
何度も。
――そしてもとの所へ。

それなのに土曜の朝日は日曜の雨へと変わったんだ

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 朝、起きると窓の外は雨である。思い出せない何やらストレンジなフーリエ風の吹き出してしまうような、さっきまで多分見ていた夢の肌触りは、その愉快さと反比例的に朝の時間の始まりから1秒ずつ、私を雨だれの中に閉じ込めようとする。私自身が、今朝ここにいながら、これから今日を生きるはずの<私自身>と、音を立てて、少しずつずれ始める・・・。

 昨日みた陽光はひどく、すばらしかった。そこに世界―宇宙のあらゆるロジックが凝集されていたので、私は昨日ずいぶん散財した――散財すべきであったので。私はその陽光をみつめ続けた。

 ニック・ドレイクの残した3枚のアルバムは、「ダイヤモンド」の名を冠され、彼の不在の時間を生きている。その生命は《最近も「新作」編集盤がリリースされ、伝説は広がってゆく一方(『レコード・コレクターズ2004/09』)》と言われる。そして、モード循環の俄かなフォーク欲求の高まりという無頭のテイラーが、ドレイクをますますカルト・ヒーローへと仕立て上げる。

 「自己同一的なもの」がはびこっている。「わかりやすいもの」ばかりが受け入れられる。留保や沈黙は無用の長物とされ、単一方向的な意味生産のみをするものにもっぱら、光の軍配があがる。ロックが、非-自己同一的な音楽であるのに対し、フォークは自己同一的である。むろん、ドレイクはフォークの範疇に括られるが、その本質には常に自己がブレ続ける解離性がある。東浩紀は、解離性はポストモダンに生きる主体を一般に特徴づける構造だという。フォークという口当たりのよさに包んだドレイクの解離性が、こんにちの社会で暗に需要されているのかもしれない。

 ドレイクの「Saturday Sun」には、歌作りの華麗なロジック(+言葉遊び)が溢れている。韻を踏んでいる箇所を列挙すると、一聯目、「朝=morning」と「警告= warning」。二・三聯目、「人々―群衆=people and faces」と「人々や街々/土地々々=people and places」、「彼らの時代において=in their day」と「彼らの前進にとって=in their way」。三聯目、「前進=way」と「今日=today」。四聯目、「理性と韻=reason and rhyme」と「季節/時代=season and time」、「何度も=again」と「雨=rain」。

 かけ言葉のように同じ言葉に複数の意味を持たせている箇所に、それぞれ三度ずつ繰り返される「in their way」と「and again」がある。慣用句として「in one's way」が持つ意味は「oneの邪魔をする」。「they were too good in their way」の一行ではこの慣用句として訳せないので「way」を名詞の「前進」と訳す。すると近代社会の印=「前進」のなかで、「彼ら」は自らを――また本来的な「前進」ということそのものをも――邪魔している=蝕んでいるのだという意味になる。

 「and again」。一度目は「returning=巡っている」にかかり、「何度も巡っている」。二度目の「and again」の副詞的意味「何度も」は、「巡っている」にも「考えよ」にもかかりうる。また「again」の持つ「反響して」という意味を含んでもよいだろう。三度目の「and again」は「そしてもとの所へ」と訳した。ここには、人々―時代が巡り巡ってもとの所に帰すという意味と、「考えよ」と命ぜられた主体が考えを巡らし、一循環してもとのところ=真理=あるいは、安寧の<約束の>地/ホームに戻るだろうという意味がかけられている。

 ――そしてもとの所へ。それなのに、それに続く最後の一行は「それなのに」である。この一行は鮮やかなロジックと意味の点滅・反復的翻しを転がしてきたこの歌詞全体を、さらにメタ・レヴェルで翻す。
厳密に言えば、この翻しには三聯目「土曜の朝日は今日 僕に会いには来ないらしい」という伏線がはられている。この行で「僕」は朝日が昇る人々の住む街々/風景と、窓の外を見るように、傍観者的に対峙している。そのことによって、風景と一体だった語り手-主体(「僕」)が歌自体から剥がれはじめる。この行には、(朝日の会いに来ない)「僕」が(朝の陽光降り注ぐ)人々や風景と解離し始めていることが、陽光により部屋の空気が脱色され軽い眩暈を起こしたときの知覚のように、ゆるやかに「自分が二重になっている」感覚を伴って――それも、その感覚にかすかに酩酊しながら――歌われている。

 それなのに 土曜の朝日は日曜の雨へと変わったんだ――。「それなのに」という接続詞はなぜ使われているのか(むろん、この欠性こそがこの詩の質の高さを証明しているのだが)、「そしてもとの所へ」の二番目の意味、「思考者が巡り巡って、もとの所に戻れるだろう」に対する接続詞とみれば意味は通じる。つまり、歌の主体は「前進」を旨とする近代資本主義下の人間像=群衆と自身がどうしてもブレ、剥がれ、一体化できず離人的に対峙し、そのような風景=社会/人々=群衆について、「理性と韻」という「北の果てから南の果ての」思索を巡らし(さらに歌をうたうという段階まで自分を透明化し)たが、「それなのに」まったく答えは見つからず、彼にとっては朝日の物質性も雨の物質性も同じで、純粋な思索者として「流れている」ため、彼が出会うのはどうしようもなく「雨」なのだ。

 「もとの所」へ戻れない者たち。家を持たない者――とうぜん、ここでこの放浪者という紋章が、音楽性の<フォーク>と木霊する。だから彼は「答え」などという安物を口にしない。ドレイクの持つ沈黙。死後これほど評価されながら、生前恵まれなかったのは、彼が生真面目に沈黙を守ったせいかもしれない。沈黙を守る誠実さは、ドレイクの、大衆音楽の成立しうる脱-近代的な社会/複製技術の時代において生産されるのは、「受け手は作者の意図を考える」ものである「作品」ではなく、消費の対象である商品であり、「読み取られる」対象であるという認識あってのことだろう。

ドレイクは「人々=群衆――風景」について思索する。人間性について、神性について、「物語ども」について思索する。魂のありかを追い求め内省し続けた孤独な人として捉えられがちな彼だが、リアルな、彼自身に引き寄せた形で、近代やそこに生きる人間像を、ただ思索していただけなのかもしれない。この曲には、人間性が近代社会の中で「群衆」という異質なものへ変化していることに対する戸惑いや、風景と人間性の解離の描写(《土曜の朝日は、警告なく昇った だから誰一人として 「どうしたらいいのか」わかる由もなかった》では、「誰一人」で描かれる「人々」と、朝日の降り注ぐ風景が逸れている)、近代の人類が「土曜の朝日」に暗喩される<自然>を軽視し侵略していること、それまで共有されてきただろう「物語どもを考え」る=各個人の魂の拠り所となる物語を列挙することによって、大きな物語は共有されていないことがわかるだろう、といった鋭い洞察に富んでいる。

 ここで、もう一曲、訳してみたいと思う。やせ細った神経の形象が歌っているかのような、メランコリー気質の彼がポップ音楽産業の機械運動に飲み込まれ、枯渇した才能の姿の浮かび上がるアルバム『ピンク・ムーン』より。

●「Place to Be」

ずっと若かった あのころ 若くて 僕。
ドアにぶら下がる 真実 けっして 見ず。
今は年取った。 そいつと 顔つきあわせ
今は年取った。 その場所 掃除しなくちゃ

ずっと青かった あの丘 などより 僕。
ずっと穏やかに 太陽 花々 咲く。
今暗くなった。 深海 ずいぶん奥へ
ただ降ろしてよ、伝承 居場所をおくれ

ずっと強かった 太陽 の中に 僕。
一日終われば 思った。「わかるだ ろう」
今は儚いな。 蒼ざめきった青より。
弱さ 君が為 さんざめく この 義務なり。
 

この曲も、前掲の「サタデイ・サン」同様、伝承歌=トラッドの形式を忠実に守り、全行で韻が踏まれている(日本語にも韻を踏ませてみた)。このアルバムで、1曲目のタイトル曲と、2曲目のこの曲だけ、ギター音が微熱を帯びている。1曲目は作り方が変則的なので別として、この曲のように、歌作りに成功した曲では、ドレイク自身が、曲に自信を持っているのではないかと感じられる。歌の次元での、自己の無化=透明化を願うドレイクゆえ、職人的な成功こそが目指すところなのではないか。いい歌が作れたときの喜び。そんな「遊び」を純化しつづけようとした。だから、やせ細った彼の魂が辛うじて演奏に乗ることができるのは「よくできた歌」を演奏するときなのだろう。

歌詩の内容は、当時の「彼そのもの+その後の彼」を克明に、痛ましいほどに描いている。『Five leaves left』=「煙草残り5本」がドレイクの余命5年を表しているエピソードは有名だが、歌の中にある己の死の予感(=予告)、それでも、「いい歌を作れた」即物的な成功に、彼は軍配をあげ、聴き手に「予告」するように、歌う。散財する。いい音楽は立体的で、霊が立ち現れるものだ。この予告が実存的な彼の身体と木霊するから、この歌は聴き手を戦慄させるのだろう。

「Place to Be」は「居場所」という意味だろうか。一聯目で、「場所」は掃除される。二聯目の、「just hand me down, give me a place to be」は「ただ降ろしてよ、伝承 居場所をおくれ」と訳したが、「hand down」は「~を降ろす」という意味と、「~を後世に伝える」という二つの意味を持つ。ポップ音楽産業に祭り上げられたこの場所(舞台)から「降ろしてくれ」という訴えと、「死後、残した歌だけは後世に伝え続けてくれ」という訴え。そして、その「降りた」場所=死と、「歌の伝承」の中にだけ唯一、ささやかな「居場所」があるのだ。だからこれは、死への欲望と同時に、まぎれもなく歌に魂が埋まっていること――彼が殉死者だということ――を表す。

紺碧の夜空に茫漠と浮かぶピンク色の満月のような、青白い微熱を帯びた、ドレイクのギター。ギター音に湿気、翳りがあるのは、アメリカのそれと比べたときの、ブリティッシュ圏ギタリストの特徴だが、ギターの名手でもあったドレイクの音は、とりわけ、幽玄で、繊細な振動を湛えている。ボブ・ディランのアコースティック・ギター音は、乾き、薄い。姿を克明に変え、くらませ続けたディランが、ポップ音楽産業という「アメリカの砂漠」の放浪者だとしたら、ドレイクは、「英国の森」の奥へ奥へ迷い込み、とうとう闇と同化した浮浪者。

フォーク歌手でありながら、その本質に非-フォーク性をもつ、ディランとドレイク。ディランはスタイルの模索と変遷により自己像をブラし続けたことより、非同定性を生み出した。ドレイクは、終始、「ありのまま」だった。にもかかわらず非同定的であったのは、彼の気質が、解離性を内包していたせいだ。歌自体と、ドレイク自身は、いつも剥がれ、ずれて、逸れている。むろんディランは優秀なアーティストだが、ギター音自体の持つ霊性のレヴェルはドレイクのほうが格段に高い。可食的なその粒立った音は、風化しない。彼は正確なプレイヤーなのだ。ディランにも「正確さ」があるとすれば、音楽産業や資本運動を逆手にとって、その荒野に身を投げ出しながら、正確な射程距離で銃を撃ち続けるカウボーイ/ハンターのそれだ。

ドレイクの律儀さ・正確さはメランコリー属性に由来するものだ。風化せず、今でも肌身に響くのは、その精神のメランコリーの運動/ダイナミズム自体が、現在も続く資本運動のダイナミズムと重なるせいだろうか。そして、現在の世界のあらゆる相のメカニスムが、資本運動によって駆動している。あらゆる相――日常レヴェル、われわれの暮らしにも。運動という抽象同士が出会うとき、それらは木霊する。ドレイクのギターが響くとき、時空を超えて、われわれの今日と共鳴するから、それは色あせないのだろう。

解離性に青白い火を灯し、森の奥でひっそりと燃やし続けたドレイク。人間性や風景について思索を続けた彼の営みは、当時はその「速さ」のために彼を夭折へ追いやったが、ポストモダンを生きるわれわれへの示唆に富んでいる。

《沈思家を思索家から根本的に区別するのは、沈思家はたんにある事柄について熟考するだけでなく、その事柄についての熟考をも熟考するという点である。沈思家とは、すでに大問題の解答を手にしながら、次いでその答えを失念してしまったような人物である。》(注:1)

 共鳴――反響の中にしか、ドレイクはいない。解離し二つに割れた彼はブレ続け、漂い続けた。そのため、その物質性(=肉体の生命)は長持ちしなかった。だがその「彼」と「彼」は二つに割れたままの姿で(おそらく、それこそが彼の望むところだったのだろう)、歌としてこの世に留められた。「彼」と「彼」の間で反響し続けるエコー、それに名前をつけるならばメランコリーという音楽であり、そしてドレイクは、ただただ、その反響そのものでしかないのだ。もちろんそのことは、親友からの手紙のようにそっと届けられる。

(注:1)ヴァルター・ベンヤミン(1994),『パサージュ論 Ⅲ』
     阿部嘉昭(著),『椎名林檎VS J-POP』,河出書房新社,2004,p.53

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