▼2006年度 立教後期講義転載レポート

志村貴子『どうにかなる日々』(岩井晶聖)

【解題】
志村貴子『どうにかなる日々』(この秀逸なタイトルは町田康のエッセイから借用したそう)を初めて読んだときはすごくびっくりした記憶がある。太田出版「EROTICS F」に連載されたものが収録の中心だった。だから性描写が数々描かれていた――あの少女マンガ正統的な、細い線の可愛いキャラクター造型のまんまで、だ。『放蕩息子』等の、胸に染みるウルウルからは大違い。しかも『どうにかなる日々』では、女の子の性器の開陳も、フェラチオも部分的に描かれている。上気をしめす頬の斜線、表情の切なさ。「あ」「あ」「あ」と入る、ひとフキダシ一文字の間歇的「よがり」によって、性的な時間進行のリアルも伝わってくる。眼鏡キャラも多く、はっきりいうと、僕はすごく萌えてしまった(笑)。ふだんもっとエロいマンガも見つけているのに、ね。
 さて、岩井晶聖君の『どうにかなる日々』論。はっきりいって、構成が破天荒だ。同作第一巻の収録作品の「ストーリー」が丹念に追われるだけに、レポートのほぼすべてが費やされていたのだった。しかも見事に圧縮され、余情ももたらす文体で。読んでいて飽きず、実際に作品に接した者にはその細部の感触が文字面だけで蘇ってくるような感慨もある。
 岩井君がそうした理由はよくわかる。志村貴子のマンガ(とくに『どうにかなる日々』)はストーリーの圧縮性が高い。だから読解においては「噛み砕き」が必要になるのだった。これは早稲田の津金啓太君が志村『敷居の住人』論で書いていたことだが、モノローグ(ナレーション)が黒味コマに舞い込むなどして映画でいう「音声のズリ上げ」に近い効果をもって情景変換が自在に起こる点がまず大きい(よって情景変化にともなう「一拍」が省略され、作品の組成が「淡い」のに「圧縮体」になるという美しい撞着が起こる)。つぎに、ネームそのものも圧縮されて、人物関係の判断については読者は一言一句もおろそかにできないという面もある。よって、志村貴子のマンガをストーリーに還元することは、そのままに志村貴子のマンガを分析することにほかならないのだった。岩井君はこの試みに見事に成功している。だから、この破天荒なレポートがサイトにアップされた。
 岩井君は対象にしていないが、『どうにかなる日々』には第二巻もある。こちらも前巻に負けず劣らずの秀作揃いで、しかも収録短篇の一部には連関があるし、同時に第一巻収録短篇のプレストーリー的短篇もある。やはり、ぼんやりとは読めない。つまり、浅野いにお方式には志村も挑戦していたのだった。第二巻「scene*10」中の《当日より前日が好き/え/文化祭/あ/ああ おれも》のやりとりは大好き。当然、押井守『ビューティフル・ドリーマー』からの反響がある。
 いい忘れそうになった。志村貴子『どうにかなる日々』は性の「一般的」禁忌に数々触れているが、決して作品自体は際物ではない。むしろ性の多様性を通じて、世界の広がりを示唆している。作品の主役は個々の短篇の主役である以上に、「世界」あるいは「そのなかにいる想い」なのだといえるだろう。むろんその「世界」の感触が透明で、「切ない」。岩井君のストーリー起こしはその機微に確かに通じていた。僕は彼のレポートを通読し、自分が書いた、安藤尋監督の映画『blue』のレビュー(『日本映画の21世紀がはじまる』所収)も憶いだした。
(阿部)

志村貴子『どうにかなる日々』(岩井晶聖)



「せっかくなので飾っておくよ」
       ――志村貴子『どうにかなる日々』

文学部 英米文学科 4年 岩井晶聖


 しゃがんだまま後ろ手に縄で縛られ、無表情で舌を伸ばしている眼鏡をかけたYシャツ姿の男。その男性に股がる、同じく眼鏡をかけた黒髪でロングヘアーの女性。裸の上にエプロンを着用している。いわゆる裸エプロンというやつだ。これまた同じく無表情なまま舌を伸ばし、左手には皿、右手にはニンジンが刺さったフォークを手にしている。

 これが志村貴子著『どうにかなる日々』の表紙である。なんと言っても特徴的なのは性的な描写であるにも関わらず、彼らは無表情である。恥じらいや興奮の表情は見られない。

 私は店頭でなんの予備知識もなくたまたま手に取ったこの漫画に惹き付けられ、立ち読みしていくうちになんとも言えない感覚に陥り、気づいたらこの漫画を手にレジへと向かっていた。

 ここで志村貴子という漫画家はいかなる人物なのか調べたものをここに記そうかと思ったのだが、あえて作者に関する予備知識が一切ないまま作品を分析してみるというのもおもしろいと思ったので、彼女のことを私は何も知らないままである。
 
  では、漫画の詳しい内容に触れて行こう。この漫画は全七編から構成しており、各編のあらすじを記し、一編ごとに分析していく。

【Scene 1】

 とある居酒屋のカウンター席でたまたま隣同士になる男女。この話はこの彼女の視点で展開していくことになる。そこで知り合いになり、酔った女性は男性の家に泊まることになる。この家は彼の祖父が連れ込み宿としていたようだ。彼女は彼に背中をさすってもらいながら、「おっぱいさわっていいよ」と言うが彼はただ「さっきのワリカンにしてよ」と返すのみ。彼女は人妻なのだが旦那に逃げられてしまった境遇にある。

 男女は淡々とした会話のまま、当たり前のように性行為を行う。行為が終わった後も二人は全裸のままタバコを吸い、淡々とした会話。彼女は平然とノーパンで彼の前に立つことすらする。まだ出会ったばかりであるというのに。彼はコーヒーを飲みながら、女と別れたばかりであることを淡々と告げる。しかし彼から話を切り上げ、ただ寝る。彼女は目覚め、隣に旦那も昨日の(トイレに行っているだけの)彼もいないことに一瞬顔に影が差す。そんな淡々とした日々。

 彼女は旦那(と思われる男)が女性を連れてきたのを正座できちんと迎え入れ、彼らの性行為に聞き耳をたてる回想をする。

 一緒に過ごして行くうちに彼女は彼の好みがわかってきた。

 彼女は家で一人、先程の回想の続きをする。頬を赤らめながら聞き耳を立てるが、それを旦那(と思われる男)に見つかり、服を脱がされ愛撫される。そんな回想をしながらオナニーしているところを帰ってきた彼に見つかり、二人は性行為をする。

 次の日、彼女のアパートに届いているかもしれない離婚届を取りに行こうとするが、雨で断念する。彼女の表情は淡々としているが影が差している。やがて空が晴れるが彼女の顔は相変わらず影が差している。彼女のアパートで離婚届を受け取り、彼と二人で役所へ提出しに行く。彼女はまるで二人が夫婦に見えると彼に話かけるが彼は表情一つ変えず、やんわり否定する。

 彼女はアパートを引き払い、彼の許可も得ずに彼の家に居座ろうとする。許可が得られなかった場合のことは考えていないようだ。

 「ダメじゃなかったので今もいます」の彼女の言葉で物語は終わる。

 彼女の彼への好意から始まる物語だが、淡々とした中にも彼女の彼とつきあうことへのささやかな幸せが垣間見ることが出来る。何も言われずとも彼の為に料理を作り、性行為には頬を赤らめる。対照的に彼は終止淡白である。

【Scene 2】

 ゲーム感覚で万引きを繰り返す兄と、引きこもりの妹。彼ら二人は近親相姦の関係にある。母親が夜の仕事に行くと、妹は起きだす。兄は万引きでつかまる度に嘘の涙を流し、釈放されると何事もなかったような顔をしているのだが、妹といる時だけは頬を赤らめ、妹に好きな人(家庭訪問に来てくれる先生)ができたので兄とはもう性行為をしないことを告げられるとたちまち慌てだす。

 彼が万引きを繰り返し、そしてわざと捕まってみせるのは妹に甘える口実を作るためである。だが妹は甘える兄を「気持ち悪い」と一蹴する。怒った兄は風呂に入った妹を閉じ込め、妹は当然怒りだす。しばらくして力なく謝る兄をなだめる妹。ところが彼は妹に「最後に一回でいいからやらして」と告げ、妹は呆れたような顔で「最低 死んで」と相手にしない。

 また万引きをして帰って来た兄を見て妹は「どうしようもないね」と呆れ、先生に近親相姦のことを話したことを兄に告げる。兄は怒ったかと思うと妹にまた甘える。さっきまで兄に冷たくあたっていた妹も、弱いところを見せられると放っておけなくなってしまうようだ。

 次は警察官のピストルを盗み出そうとするが、その時ですら兄の表情は淡々としている。すごい犯罪をしようとしていることに自覚がないようだ。ピストルを盗むことに失敗したことで妹に泣きついたのだろう、あれだけ毛嫌いしていた妹は兄と性行為をする。

 その後、生理のイライラのために妹に殴られた兄は悲しかったと妹に告げる。妹は本気で兄のことを嫌ったりはしないと返す。やがて母親が帰ってくる。

 「お母さんの心配には及びません 小さな小さなお城の中で すくすくすくすく 大きくなって こんなにこんなに元気です」 妹のこの心の声で物語は終わる。

 万引きで捕まってもあっけらかんとしている兄が、妹のこととなると途端に喜怒哀楽を露にするようになる。妹は、万引きを繰り返し自分に甘えてくる兄を毛嫌いしつつも、弱いところを見せられると人が変わったように兄に優しく接する。兄は妹の気を惹くことだけは必死になり、妹も兄を決して見捨てることが出来ない。

 住人がたった二人だけの狭い狭い世界に生きているからだ。だから兄は平気で嘘の涙を流し、ピストルすらも当たり前のように盗もうとする。

【Scene 3】

 男性の幽霊が出るアパートと、そこに住む女性との物語である。幽霊と言ってもおどろおどろしい感じではなく、まるで同居人のように女性と幽霊である彼は当たり前のように会話をしている。それも長年つきあってきたカップルのようなぶっきらぼうな会話である(最初は幽霊の彼と彼女が、同棲しているカップルのように見えるが、物語の後半でこの男性が実は幽霊だと読者が解るようになっている)。

 女性が見合いをすることになり、幽霊の彼は彼女を裏切り者扱いする。やがて、彼女が見合い相手の元から朝帰りすると幽霊の彼は「朝帰りした」と彼女を責める。さらに「俺のこと捨てないでよ?」と彼女に泣きつく。

 後日、見合い相手の彼がアパートに訪れる。幽霊の存在が気になり、そわそわしている彼女を彼は色々と勘ぐる。勘ぐる彼に「ホントにいないんだからね。 どうせ誰も信じない…」と言う彼女。誰も信じないとは、ホントは幽霊がいると彼に言っても自分にしか見えないし声も聴こえないからだろう。彼女と彼はそこで性行為をするのだが幽霊の彼はそれを終止見ていて、それを彼女に追求されて体育座りになって悲しそうな顔をする。

 その後もアパートで見合い相手と性行為をする彼女に幽霊の彼はあからさまに嫉妬する。彼は自分を見てくれて、相手にしてくれる唯一の存在である彼女が結婚してアパートを出て行ってしまうのが嫌でたまらないのだ。彼はアパートに取り憑いた霊なのでここから出ることができず、ただここにいることしか出来ないのである。

 やがて結婚が正式に決まり、アパートで前祝いをして二日酔いになった彼女。幽霊の彼に水を持ってきてくれと思うが、そんなことは当然出来ない。彼は「どうしても嫁に行くのか」と彼女に問いかけ、彼女は二日酔いのせいもあってぶっきらぼうに「行きます!」と返事するが、彼はそれを最後に突然姿を消してしまう。酔いが醒めた彼女はいなくなってしまった彼に呼びかけるが当然返事はない。

 後日、アパートで自殺した幽霊が出ることを結婚相手の彼に告げ、凍り付く彼(彼女の家族は元々知っていたようだ)。

 アパートを出る記念に心霊現象を恐がる妹に頼んで自分の写真を取ってもらう彼女。彼は心霊写真としてしっかりと写りこんでいた。しかも笑顔で。漫画では描かれてはいないが、恐らく彼女の横にちゃっかりと写りこんでいたのだろう。

 「せっかくなので飾っておくよ」で物語は幕を閉じる。

 幽霊である自分を見てくれて、相手にしてくれる唯一の存在である彼女がいなくなってしまうことをぶっきらぼうながら嘆く彼。彼が幽霊であることを、普通のつきあいが出来ないことを彼女は歯がゆく思っていたかもしれない。結婚相手よりも幽霊の彼との方が、アパートに住んでいた間ずっとつきあいがあっただけあってお互いのことをよくわかりあっているように見えるからだ。

 最後にアパートに写真を取りに行ったのは、いなくなってしまった彼が心霊写真としてなら出てきてくれると思ったからではないだろうか。だから彼女はせめて彼との写真だけでも飾っておくことにしたのだろう。

【Scene 4】

 男子高校の男性教師の物語である。男子校らしく実にあっさりとした卒業式の後、「男子校だけど1度くらいラブレターもらってもいい」と思う彼。そこに担任しているクラスの矢ケ崎がモジモジした様子で職員室に訪れ、「先生彼女いるんですか」といった淡々とした会話の中、矢ケ崎が「先生 首きれいですね」「俺 先生のこと好きなんですけど」と表情一つ変えることなく突然あっさりと愛の告白をする。

 その後何事もなかったかのように職員室を去る矢ケ崎。突然の出来事に拍子抜けした教師だが、告白されたことを段々実感したようで、卒業式後の飲み会の後では頬を赤らめ、遠い目をしている。

 その夜彼は性的なことなど一切考えず、女子中学生のようにキラキラとただただバラ色の未来を思い描いて頬を赤く染める。

 告白しただけのまま卒業してしまった矢ケ崎のことが好きすぎて妄想を描いて一年が過ぎ、また卒業式の季節がやってくる。好きな男が出来たことに葛藤する彼。そして卒業式後の飲み会で、scene1で出てきた彼女に出くわす彼。彼女は実は彼の姉だった。そのまま彼女と彼女の彼氏の家にお邪魔し、姉の彼氏を見て「矢ケ崎に似てる」と思う。酔った勢いで姉の彼氏に「俺って首きれいかな」と聴いてしまう始末だ。

 彼は「俺は高校生大好き」と姉に告げ、酔ったまま眠り、姉と姉の彼氏が踊っている夢を見る。「俺も本当はその踊る輪の中に入りたい」との独白。矢ケ崎と踊りたいのだろう。起きて酔いが醒めた状態で姉の彼氏を見て、矢ケ崎に似ていないことに気づく。矢ケ崎が好きなあまりそう見えてしまったのだろう。

 また次の年の卒業式で彼は空があまりにきれいだった勢いで、謝恩会をやり先生をもてなして欲しいことを生徒達に控えめに告げる。その後謝恩会で酔った生徒が先生の家へ行くことを提案する。「狭いからダメ」と断る彼に、生徒は「みんなしてギューッとくっつけばいい」と言う。彼は「それもいいけどさ すごくいいけどさ もっと広い家知ってるからそこにしよう」と返す。この「すごくいいけどさ」という彼の言葉には生徒と堂々とくっつくことが出来る喜びが含まれているのだろう。

 「昔のラブホテルみたいなところだよと教えたら どよめいた」という彼の独白で物語は終わる。

 矢ケ崎に告白されたことから男性が好きになり、教え子相手に恋をする男子校教師。その様子がまるで初恋をする女子中学生のように描かれていてとてもおもしろい。

【無毛信仰】

 自分の股間を触り、毛が生え始めたことを確認する少女。そこにその少女を教える家庭教師がいつものようにやってくる。彼と少女は性的関係にある。彼はどうやら少女趣味らしく、彼女が14歳になったことをとても悲しく思っていた。彼はいつものように彼女と性行為をしようとするが、彼の手が少女の陰部に伸びた瞬間、彼女は「やっぱりやめて」と静止する。彼女は陰部に毛が生えたことで彼に嫌われることを恐れているのだ。

 しかし彼は「誕生日プレゼント気に入らなかった?」と彼女を宥め、描かれてはいないがその後性行為をしたのだろう。その後彼は彼女の母親のご飯をごちそうになりながら母親と談笑するが、彼女は突然「お母さん 先生にマンコなめられた」と告白する。そうすれば彼とはもう会わないですむと思ったのだろう。毛が生えたことが先生に見つかって嫌われたくないがために。

 そして家庭教師の彼は引っ越す。陰部の毛が増えて行くことで、彼に嫌われることを憂慮する彼女。そして毛がいくらか生えそろった頃、新たに純朴そうな女性家庭教師がやってくる。以前の家庭教師の彼が少女を誉めて口説いたのを真似て、女性教師を誉め、突然キスをする少女。さらに彼の真似をし、「マンコを見せて」と女性教師に頼む。当然驚く教師に無表情でカッターをつきつけ、脅す少女。少女が何事もないかのように淡々とキスをし、カッターで脅すところがこの漫画らしい。

 そして女性教師の陰部を見た少女は、20歳になる教師がまだ性器に毛が生えてないことを知り、驚く。そこに母親が現れ、教師は泣きながら帰って行く。

 場面は代わり、少女は家庭教師とは別の彼氏に陰部の毛を剃ってもらおうとする。毛を剃っている間で我慢できなくなった彼は少女と性行為を行うが、少女は性行為をしながら「先生…」と何度もつぶやく。結局毛を剃るのも先生に気に入られるためなのだ。

 しばらくして剃った毛がまた生えだし、何度剃っても生えてきてしまうことに涙を流す少女。それを見た彼氏はオロオロしながらなぜ泣くのか問うが少女は答えない。涙を流すのは先生に嫌われてしまうことを恐れるからだ。彼氏があまりにしつこくなぜ泣くのか尋ねるので少女は先生のことを全て話した。すると「全てを話したらなんだか先生が薄気味悪いなにかに思えてくるので不思議だった」との少女の独白。当然彼氏はひどく気分を害する。しかしそれがわかっていてもすべて話さなければ気がすまなかったのだろう。

 場面は変わり、公園のベンチに一人座る少女。そこで小さな女の子が知らないおじさんに連れて行かれそうになっているのを目撃する。おじさんはその女の子にお菓子をあげる代わりにスカートをめくって見せるように頼んだようだ。少女は先生の「琴子ちゃん スカートをめくってみせて」という言葉を思い出す。

 「あたしはすっかり裸にされた」の独白で物語は終わる。

 「裸にされた」のは肉体的に裸にされたことも当然あるだろうが、引っ越してしまった先生に精神的に裸にされたことも含まれているだろう。性的なことを初めて教えられたのも先生からであろうし、今でも先生に嫌われぬように彼氏の気分を害してまで陰部の毛を剃り続けている少女の気持ちを表している。
 

【ハッピーなエンド】

 全く同じ顔をしている中学生か高校生の双子の兄弟の話である。実は彼ら、片方がホモで片方がホモではないのである。ホモな方が祐介、ホモでない方が恵介という名である。

 ある日、祐介は悩んで悩んでようやく死ぬ気でした愛の告白がうまくいったことを恵介に告げる。恵介は「いいな? 俺も彼女欲しい?」とはしゃぎ、彼女がどんな女性か問うが、祐介はその「彼女」が男であることを恐る恐る告白する。それは双子の弟である恵介だけには自分がホモであることを知って、理解して欲しかったからだ。

 だが、自分の双子の兄がホモであることの突然の告白に驚きを隠せず、激しく拒絶する恵介。自分と同じ顔、同じ声をしている人間が男同士愛し合っているところを想像したらまともじゃいられないのも無理はない。だが、祐介の恋人がどんな男であるのか気にならない訳ではない恵介。しかし恋人が「男」であることをやはり簡単には受け入れられず、葛藤する。

 後日、祐介の恋人である岩田が家に訪れる。祐介は家に誰もいないと思い、自分の部屋で性行為を行う。だが隣の部屋では恵介が風邪で寝込んでおり、隣から聴こえてくる祐介の性行為の声に激しく動揺し、壁を激しく叩いて性行為をやめさせる。

 岩田が帰った後、恵介の看病をしながら会話をする祐介。性行為のことを軽く責める恵介。だが祐介は相手が男であろうがなんであろうが、想いが通じたときの喜びは素晴らしいものであることを恵介に話し、恵介にわかって欲しいことを涙ながらに訴える。しばらく考えて「わかってるよ ちゃんと」と答える恵介。

 「わかんねぇけど わかるよ わかりたい」との恵介の独白で物語は終わる。

 ホモではない恵介が、ホモである祐介に対して抱く思いが最後の独白に凝縮されている。「わかんねぇけど わかるよ わかりたい」というのは、まだ彼女がいた経験がない恵介が、人と愛し合う幸せというものがどんなものかわからないけど、感覚的にはなんとなくわかる。そしてよりわかりたい。という意味と、男が男を好きになる気持ちはわからないが、人を好きになる気持ちはわかる。そして、兄である祐介を完全に拒絶できない恵介が兄のホモのことをより理解してあげたい、という二重の意味が込められているのではないだろうか。

【先生のくせに】

 先程の双子の話の続きである。ある日ホモでない恵介に男の家庭教師がつくことになる。実はその家庭教師はホモで、恵介のことが気に入ったらしく、教えている間も恵介のことを見ている。後日、家に訪れた家庭教師が誤って祐介と岩田がキスをしているところを目撃してしまったと恵介に告げる。非常に淡々と。

 恵介が別段驚いた様子を示さないので、教師は祐介がホモであることを悟る。そして授業中恵介の顔を見つめ始めたかと思うと、肩に手を回し突然恵介にキスをする。ホモではない恵介は「気持ち悪い」ともちろん拒絶する。教師は「え いや びっくりするかなーって」「しても怒んなさそうだったし」と言い訳をするが、恵介の顔を見つめ始めてからこれまでの間教師は頬を赤らめるでもなく、ドキドキした様子を見せるでもない。淡々としたものだ。

 それに対し恵介は男にキスされたショックで軽く泣き出す。「俺のこと嫌い?」と聴く教師に「てゆうかホモじゃねえよ」と返す恵介。教師は双子である祐介がホモなので恵介も当然ホモだと思っていたのだ。

 教師が帰り、恵介は家庭教師を換えて欲しいと母に頼むが、「変なことされた?」と聴かれ、「されないよ」と返す。しかし変なことをされたことを祐介に当てられ、「ホモの人はだまってて」と思わず返答するが、「…ごめん」と咄嗟に謝る恵介。この「…ごめん」には兄に対する気遣いと、母親がいる前で思わずホモのことを話してしまったことに対する謝罪が含まれているだろう。

 「祐介はホモ 恵介はホモでない それだけのこと」「ま 人それぞれ」との恵介の独白。ホモに対して生理的には拒絶してしまうが、頭では理解しようとしている葛藤が見て取れる。

 後日、教師から授業中も(家で授業するので普段は私服)ブレザーの制服を着てくれとせがまれたり、兄の詰め襟を着てくれとせがまれる恵介。「イメクラじゃねえよ」と返答する。教師は恵介がホモでないことを知っていながらホモの方向に話を持って行こうとばかりする。

 さらに後日、成績が上がったごほうびとして教師に半ば無理矢理映画館に連れて行かれる恵介。そこで隣同士座り、教師に手を握られ、陰部を触られる。

 さらに後日、次の授業が最後であるから詰め襟を着て欲しいと教師にせがまれる。そして最後の授業でせめてもの花向けのつもりか、詰め襟を着る恵介。教師はほんとに着てくれるとは思っていなかったらしい。教師は唐突に「チンコ見せてくんない」と頼む。さらにキスをしようとするが、恵介は抵抗しない。キスをした後、苦い顔をしながらも「ごめんね ホモじゃなくて」と教師に告げる恵介。それに対し驚いた様子も見せず「いいよ 生きてれば時間はまだあるから」と返す教師。

 そして教師は突然ジャンケンを始め、負けた恵介に陰部を見せることを促す。教師が帰った後、突然「勉強する気が失せた」と言う恵介。「なんかあっただろ」と勘ぐる祐介に「ねぇよ 別に」と返す恵介。

 「チンコ 見られたなんてことは お兄ちゃんにだって内緒だ」という恵介の独白で物語は終わる。

 この物語では段々ホモに対し理解を示し始める恵介の心情が描かれている。最後の授業で詰め襟を着たことや、教師にキスされようとしても抵抗をしないようになったのがその証拠だ。それどころか、最後に「勉強する気が失せた」という言葉は、最初はもう来ないで欲しいと思っていた教師がもう来ないことを寂しく思っているからではないだろうか。

 教師にキスをされた後の「ごめんね ホモじゃなくて」という言葉は男ではあるが自分にこれほどに好意を寄せてくれる教師に対する、恵介の好意が見え隠れしている。恵介はホモに理解を示し始めただけではなく、自分の中のホモセクシャリティに気づき始めてしまったのではないか。だから最初、逆に兄の告白をあれほどまでに拒絶したのだ。人は自分に都合が悪いことが起きて、それが真実であればあるほどなかなか受け入れられないものだ。自分のホモの素質に気づいてしまいつつも、それをまだ素直に受け入れられないからこそ、陰部を教師に見せたことを誰にも言えないのである。

 
  以上が全編のあらすじと分析である。さらに、この作品全体の分析をしていく。

 この作品は全体の調子として徹底して淡々としており、ドラマチックな展開、表現がほぼ皆無であることが最大の特徴である。言うなれば非常に「現代っ子」的な漫画だ。絵も余白が多く、描かれるバックの風景もほぼ単色で非常にシンプルである。男女間、近親相姦、さらには男性同士の恋愛、性行為が非常に当たり前のように描写されており、そこにもドラマチックさは見られない。

 さらには登場人物の表情の変化が乏しく、現代っ子的な無感情、無表情な描写が多い。ドキドキして頬を赤らめてしまうような場面が実にあっさりと描かれているのだ。「おっぱい触っていいよ」「俺 先生のこと好きなんですけど」「先生にマンコなめられた」「先生のマンコあたしに見せて」「チンコ見せてくんない」等のインパクトのある台詞も淡々としていて、突然出てくる。特に、全ての物語の主人公の女性が実にあっさりと描かれている。少女漫画のように恋愛や性行為にドキドキしているような描写がほとんど見られない。これは作者が若い女性であることが大きく関係していると思われる。

 しかし表面的にはあっさりとしているように見えても深いところで渦巻いている登場人物の心情を感じ取り味わうことがこの漫画の楽しみ方であろう。さっと読んだだけではイマイチおもしろさが伝わってこないが、よく読み込んでみると実に深い味わいを持った作品だとわかる。人を表面だけで判断せず、その裏でうずまいている感情も読み取ってみると、人間というものの奥深さに気付かされる作品である。

●同じカテゴリー「2006年度 立教後期講義転載レポート」: リンク一覧

up