▼2006年度 立教大学前期義転載レポート

画/写真文帖『HAND POWER』(村田 菜美)

【解題】
06年前期「入門演習」、村田菜美さんの期末課題は、詩画集というか写真集というか、手製でそれぞれの一枚にさまざまに細工を施した分類不能のもの。全体が製本前の頁集合になっている。これは、読んでいて、ひたすら愉しい。というか、その「混沌」にはしたたかな戦略もこめられているような気がする。って錯覚だろうか?
 全体は「手(掌)の多数性」でスタートする。ありゃ、とおもう。たぶん表紙扉右上の無防備に開かれた掌は俺のものだ。そういえば彼女、酒席で、「私いま色んなひとの手を撮ってるんです。撮らせてください」とかいって、俺の掌写真を撮ったっけ。貧乏だが、手相だけは大富豪という、自慢の掌だったから、俺も快くそのリクエストに応じた。
 むろん「手」は性の仕掛け所であり、その「手」はあらゆる労働の最初の部位であることも多い。手は傘の柄を握り、エレベータのボタンを押し、ドアノブを開き、黒板に字を書く。抱擁のため相手の背中に回されるのも腕-手だ。村田さんによれば人差し指・中指・薬指・小指の順で、手は「恋愛力」「想像力」「妄想力」「文章力」を発散するらしい。「思考力」はないのだろうか? それが隠れている親指に関わるのか。
  ともあれ、個々の頁の表現が全体的に幼くても、「混沌」の印象がすべてを豊饒にするという逆転が生じている。俺が小学校のときつくっていた壁新聞みたいだ。
  文言のなかで僕の好きなのは、意味がよくわからない『嵐の前の静けさ』。全体の流れがいい。太宰の『晩年』の影響が少しある? あ、《「先生」 背後の確認を》の「先生」はたぶん僕じゃないとおもう――自信ないけど。
(阿部)

画/写真文帖『HAND POWER』(村田 菜美)



ザ・バンド「ザ・ウェイト」について

文学部 文学科 文芸思想専修1年 村田 菜美





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