▼2006年度 立教大学前期義転載レポート
小説「熱」(赤瀬 無)
【解題】
06年前期「入門演習」の期末課題の提出では、エロチックなものを、という注文をつけた。学生世代のエロスは、大学一年生のメディア環境にすでに取り巻いているものだし、彼らが何かの投稿をすれば必ず期待されるものでもある。だからその点から授業を掘り起こし、彼らに免疫をつけさせ、同時に彼らの演技的な「自己への戦略」を促進してしまえ――ゼミ形式による講義自体が、やや乱暴ともいえるそんな即効性の眼目によって開始されたのだった。
で、下の小説の転載となる。エロチックな振幅を最大限にまとった、詩的な小説。ただ、サイト転載に当たって作者と僕のあいだでやりとりがあり、結局は筆名での掲載となった。当サイト初めての例外だが、ま、内容が内容だけに仕方がないか。(名を)「あかせ・ない」と読ませる。ちょっとオヤジギャグっぽいぞ。
小説は、最初に同棲生活の簡単な描写があり、そののち、テレクラ売春の実際が書かれ(そこで同棲相手の全体開陳があり)、舞台が戻って、その同棲相手との「内発描写」を多々織り込んだ性愛の展開がしめされる――この簡潔な3部構成に負っている。
詩的な記述の圧縮がまず見事。性愛描写もその圧縮性によって逆に余白が出て、その余白が白熱する機微がある。ポイントは二つある。まずは「命名」の問題。ヒロインは自らが名前によって正当に呼ばれる場合がないとほぼ自覚している。そうした彼女の社会的な空白が、ここでは性愛の本質的な無名性へと結びつけられているのだった。もうひとつは「熱」の問題。性愛によって快楽をもたらされると熱が生ずる。この熱が自己固有のものなのか、相手との関係性によるものなのかを、ヒロインが弁別できない。「それ自体」と「あいだ」、そのどちらが発熱しているか不分明だということだ。ここでも、性愛当事者の個別性が不吉に脱色されてゆく傾きが生ずる。
「不吉」と書いた。だがそれは本当に不吉なのだろうか。悦びの正体が、自己の無名化=脱定位そのものに関わっているのだとしたら? ただし赤瀬さんの小説は、その行間に僅かに悲哀の感触を伝えているとおもう。
(阿部)
小説「熱」(赤瀬 無)
小説「熱」
文学部 文学科 文芸思想専修1年 赤瀬 無(筆名)
赤。
赤い。人型の赤。それが私にのしかかってくる。私は足を開いて赤を受け入れる。
赤は熱い。容易に触れれば火傷しそうなほど熱い。私は熱にのしかかられて私も熱になる。
「君の中、すっごく熱いよ」
熱い?
私の中が熱い?
違う、熱いのは私じゃない、熱いのは
「・・・聞いてる?」
急に話しかけられて驚いた。Rが不思議そうに私を見つめている。
「・・・・・あ、ごめん、なに?」
「別に大したことじゃないんだけど、バイトはどうなのかなって」
「どうって・・・どうもしないけど?」
にっこり笑ってこたえると、Rは何の疑いも持たずに「ふぅん」と言った。
「じゃあ俺そろそろ予備校行く」
「うん、いってらっしゃい」
Rの細い後ろ姿を、小さなテーブル越しに見送る。私だけの食器が乗ったテーブルは、まるで一人暮らしのようだ。
Rが出て行くと私はパソコンを起動させた。インターネットのお気に入りからいつものサイトを見る。今日はどうしようかな。昨日働いたから、今日はいいかな。・・・うん、そうしよう。
パソコンの電源を切って、流しに立った。昨日そのままにしてしまった二人分の食器と、今朝の私の分だけの食器とを洗う。
昨日は夕飯を食べてのんびりしているときにRに仕掛けられたから、そこでキスと愛撫をして風呂場で指を入れ合った。昨日は仕事もあったから疲労は倍。そういうとき、面倒なことは後回し。Rと抱き合って眠った。
最近じゃ兼業になってきたコンビニでのバイトも今日はないし、まだ身体の芯に疲れが溜まってる気がする・・・
いいや、二度寝しよう。
私はさっきまでRと一緒に寝ていたセミダブルのベッドに潜り込んだ。Rの体臭と煙草が混じった臭いに包まれて、安心して私は目を閉じる。・・・
携帯のバイブ音で目が覚めた。
メールが来てる。開いてみると2週間くらい前に寝た客だった。
ぱっと見有能なサラリーマンなのに、とにかく変態。怒ったり「キモい」って言ったりすると悦ぶから面白かった。
金払いもいいし、また寝てもいいやって思ったから携帯のアドレスを教えておいたのが、功を奏したみたいだった。
“今すぐヤりたい”
文面から荒い息遣いが聞こえて来る。この前使ったラブホの最寄り駅を指定してメールを送信。
さてと、お仕事お仕事。
待ち合わせ場所につくと相手は先に来てた。高級そうな車の中から声をかけられる。
「乗って」
助手席に座ると車は急発進した。こいつは高飛車なのが好きだから、
「危ないでしょ」
と言って横目で睨む。相手はそれに満足したみたいだった。薄笑いを浮かべてる。
ほんとキモい。おっかしいの。そんなのを面白がってる私も異常だけど。
部屋に入るとすぐに相手はむしゃぶりついてきた。
「汗臭い。シャワー浴びてよ」
押し退けると渋々といったようにバスルームへ向かう。
と思ったら、
「一緒に入ろう」
にやにやしながら手招きする。そんなプレイが好きだったんだっけ?・・・特に断る理由もないので、後に従った。
「社長・・・社長・・・!」
案の定、というか予定調和的に浴槽の中でのしかかられた。
相手は私にペニスを突っ込んで腰を振って気持ちよくなってる。押しつけられた壁が相手の身体と正反対に冷たい。
社長って誰だよ、そう思いながら動きにあわせて腰を振っていたら急にペニスがずるり、と引っこ抜かれた。中出し禁止を覚えてたらしい。
ちらり、と後ろを見ると相手は息を整えつつ余韻に浸っている。
あーあ・・・引っ掛けられた精液、早く流したいな・・・
一回抜いたからか風呂場を出てから相手はおとなしかった。もう一度スーツを着込んで煙草をくゆらせている。
私はブラとパンツだけ穿いてベッドに座っていた。どうするのかな。またやるのかな。
私としてはどっちでもいいんだけど。Rが帰ってくる前に帰れなくても平気だし。
あ、そうだ、
「ねぇ、社長って誰?」
「社長は社長だ」
ミもフタもないお答え。教える気はないってことか。
「・・・・上司だ」
煙草の煙と一緒に吐き出された追加の答え。少しは話す気あるってことか。
「好きなの?」
「好きじゃなきゃ名前なんか呼ばないだろう」
「社長ってことは・・・もしかして相手男?」
「それがなにか? お前には関係なかろう」
「男が好きなら普通男買うんじゃないの?」
「私は同性愛者じゃない」
はぁ? 男を好きな男を同性愛者って言うんじゃないの? 往生際悪いな。
それにいつもこんな突き放したしゃべり方なのかな。嫌われるよ?
「・・・嫌か?」
質問が唐突だし。
「なにが」
「他人の名前で呼ばれること」
「別に」
「そういえば、名前はなんという?サイトに書いてあるのは偽名なのだろう?」
そんな名前いちいち覚えてないよ・・・
「名前・・・名前ね。なんでもいいよ、好きなように呼びなよ、社長でもなんでも」
「そうじゃなくて、名前、だ。親から貰った名前があるだろう?」
手紙が来た時にしか認識しないけど。
名前なんて他者から見分けられればほかに必要性はない。二人しかいないなら、自分以外で認識できる。
「・・・」
それでも黙っていると、私が言い渋っていると思ったのか、眉を顰めて聞いてきた。
「私も話したんだから言え。周りからはなんと呼ばれている?」
周り・・・つっても私Rくらいとしか会話しないし・・・
そう言ってRが私を呼ぶ時の名前を告げると、相手は更に顔をしかめた。
「妙な名前で呼ばれているんだな。愛称か?」
「・・・二人ではまってるゲームのキャラ」
「ロールプレイか?」
「なにそれ」
「いや・・・知らんならいい。相手も同じようにその・・・キャラの名前なのか?」
「違うキャラだけど、同じゲームのキャラだよ」
得心してか異常さにか、相手は軽く笑った。
「そいつとは一緒に住んでるのか? なにやってる」
「浪人生」
「・・・ヒモみたいなもんか」
「まぁそうだね・・・女の子でもヒモっていうんならだけど」
「女?」
「うん」
相手は驚いて目を見開いた。
「レ・・・いや、バイなのか・・・?」
「さあ。やりたいって思うのはその子だけだから。他の女の子とやりたいって思ったことはない」
「つくづく奇妙だな・・・」
くつくつと笑って相手は私を見た。
「気に入った」
同類のよしみで? そりゃどうも。
「ただいま」
扉を開けると、もうRは帰って来て参考書を開いていた。
「バイトお疲れ。今日も急に呼び出されたの?」
「うん」
そういうことになっている。
「予備校はどうだった?」
「どうって・・・いつも通りだよ」
「そうだよね」
互いに笑いあう。通じ合うと盲目的に信じているからこそ嘘が真実になる曖昧さ。幸福感。
これだけで、このためだけに、私は生きていける。
「R。しよ」
キスしてから囁いた。答える前に舌を入れて言葉を奪う。
Rのくちびるはとても柔らかい。舌もかわいらしくて、私はRとのキスが好きだった。
すぐに感じてくれるよい子のRは既に息が上がってきている。痛いのが好きなRの首筋に歯を立てる。よがって啼くRのくちびるを塞いで呼吸を奪う。
「R、すきだよ」
「お、れっ、も・・・!」
息も絶え絶えになりながら言葉を返してくれる。潤んだ瞳で見つめられると虐めたくなるのわかってるのかな?
中途半端にしか着てないシャツを脱がして、現れる乳首に噛み付くと、一際高い声でRは啼いた。
「今日もブラしてない」
「だっ、って、めんどくさい、ん、だもん」
「やらしいなぁ。こうやって悪戯されるの待ってるんだ?」
「・・・・うるさいっ」
柔らかくてきめ細かい、輝くみたいなRの肌を堪能すると、いい加減膝で虐めていた内股に手を伸ばしてあげる。パンツに手を入れるとRは捨てられた子犬みたいな目でこちらを見上げてきた。
「きもちい?」
「・・・・うん」
未だに慣れないのか頬を染める。こういう仕草は女の私でもかわいいと思う。
指を一本ずつ増やして、粘液を味方に中を愛撫するとよがり声はますます高くなっていく。Rは何もわからない状態でひたすら私にしがみついている。
Rの身体が熱い。息も上がってるし、風邪ひいてるときみたいだ。
・・・・そろそろ、かな。
指の動きを激しくすると、中がきつく締まって痙攣した。よし。完了。
セックスがただの通過儀礼になっても楽しいのは、相手を好きだから?
指を抜いてRの愛液で濡れた指を舐めていると、Rに取られた。子猫みたいな舌で私の指を舐める。いつもはわざと見せ付けるように私も指を舐め続けるけど、その光景がかわいいのときもちいいのとで、黙ってやりたいようにさせておいた。
あとは役交代で、私がRの愛撫を受ける番になる。
乳首に吸い付くRを見下ろして、私は快楽に頭を侵食されながらも、脳の一部はひどく覚めていた。
感じているとき、熱を発するのはなぜだろう。触れている部分から融けてしまうんじゃないかと思うくらい、身体が熱くなる。
膣にもぐりこんだRの指を締め付けて、熱して、そのうちRの指は私の膣に融けてくっついてしまうかもしれない。
セックスするとき、人はもの凄い熱を出す。自分では何もわからないけれども。
さっきまではRが熱くなっていたのに、今では私が熱くなっている。その前は変態サラリーマンが熱くなっていた。その前は普通の、性欲を持て余して女の子を買う親父が熱くなってた。でも、そいつは熱くなってるのは私だといった。
熱くなってるのは誰? 熱を生んでるのは誰? 恒常保存の法則みたく熱は循環するの? 熱は循環して伝染して性欲になるの?
そんなことを必死で考えて私は果てた。
