▼過去の講義
立教大学の講義内容 (1999年度~2006年度)
立教大学の講義内容 (1999年度~2006年度)
●2006年後期 立教文学部(文芸思想専修)講義 マンガ講義・内容
(2006年度後期・立教大学文学部「比較論講義7」+2006年度後期・早稲田大学第二文学部「サブカルチャー論2」)
【概容】
〇Jコミックの秀作を、マンガの表現特質を通じ分析し、
サブカルへのリテラシーを涵養、実作意欲も高める
〇立教=毎週月曜5限/8303教室(以下、立教は「r」で表示)
〇早稲田=毎週水曜7限/38-AV教室(以下、早稲田は「w」で表示)
〇毎回、作品の細部については投影機を使って検証
【展開】
1)唐十郎+篠原勝之『糸姫』(r=9/25、w=10/4)
2)近藤聡乃『はこにわ虫』(r=10/2、w=10/11)
※講義草稿を当サイトに収録 >>
3)『ねじ式』以降のつげ義春〔1〕(r=10/9、w=10/18)
4)『ねじ式』以降のつげ義春〔2〕(r=10/16、w=10/25)
5)やまだないと『西荻夫婦』(r=10/23、w=11/1)
6)大島弓子『バナナブレッドのプディング』〔1〕(r=10/30、w=11/8)
7)大島弓子『バナナブレッドのプディング』〔2〕(r=11/13、w=11/15)
8)森下裕美『大阪ハムレット』(r=11/20、w=11/20)
9)古谷実『シガテラ』〔1〕(r=11/27、w=11/29)
※講義草稿を当サイトに収録 >>
10)古谷実『シガテラ』〔2〕(r=12/4、w=12/6)
※講義草稿を当サイトに収録 >>
11)浅野いにお『虹ケ原ホログラフ』(r=12/11、w=12/13)
12)瀧波ユカリ『臨死!!江古田ちゃん』(r=12/18、w=07/1/10)
13)楠本まき『Kの葬列』+『T.V.eye』(終)(r=07/1/15、W=1/17)
2006年度前期 立教文学部(文芸思想専修)講義「入門演習F1c」
〇1年生限定
〇毎週月曜5時限(16時30分~18時)
〇4407教室
〇講読演習をつうじ、なるべく多くの本に触れ、読書の習慣を身につけ、視野を広げ、創作意欲も高める
〇モグリ受講は基本的に不可
〇出席をとる
【展開】
1)4月17日=●ガイダンス
2)4月24日=●ガイダンス(2) ●A班、中上健次『水の女』についてのレジュメ発表 ●全員、「エロチックな詩」提出
3)5月1日=●「エロチックな詩」講評 ●全員、中上健次『鷹を飼う家』のレポート提出 ●B班、デュラス『死の病い』についてのレジュメ発表
4)5月8日=●提出レポート『鷹を飼う家』講評 ●C班、平岡正明『縛られて菩薩となりぬ』についてのレジュメ発表 ●全員、デュラス『死の病い』のレポート提出
5)5月15日=●提出レポート『死の病い』講評 ●D班、阿部嘉昭『少女機械考』序章についてのレジュメ発表 ●全員、平岡正明『縛られて菩薩となりぬ』のレポート提出
6)5月22日=●提出レポート『縛られて菩薩となりぬ』講評 ●A班、東京事変『大人』についてのレジュメ発表 ●全員、阿部嘉昭『少女機械考』についてのレポート提出 ●全員、創作「替え歌」提出
7)5月29日=●インターミッション ●提出創作「替え歌」講評
8)6月5日=●提出レポート『少女機械考』講評 ●B班、魚喃キリコ『南瓜とマヨネーズ』についてのレジュメ発表 ●全員、東京事変『大人』についてのレポート提出
9)6月12日=●提出レポート『大人』(東京事変)講評 ●C班、思潮社現代詩人文庫『小池昌代詩集』についてのレジュメ発表 ●全員、魚喃キリコ『南瓜とマヨネーズ』のレポート提出
10)6月19日=●提出レポート『南瓜とマヨネーズ』講評 ●D班、盛田志保子(歌集)『木曜日』についてのレジュメ発表 ●全員、『小池昌代詩集』のレポート提出
11)6月26日=●提出レポート『小池昌代詩集』講評 ●全員、盛田志保子『木曜日』のレポート提出
12)7月3日=●提出レポート『木曜日』講評 ※盛田志保子さんゲスト
13)7月10日(最終講義)=●コラボレーションの愉しみについて(三村京子の新アルバムのデモCDを教材に) ※三村京子さん(早稲田二文・現役学生)ゲスト
2005年度前期立教大学文学部(全学年)講義(「共通自由演習10」)
全体テーマ =「私」を記述する試み
ロラン・バルト『彼自身によるロラン・バルト』を範に自己をエレガントに、微妙に語る技術を身につけよう!これであなたもメール達人、面接もOK!
※月曜16時30分-18時 @立教大学池袋校舎5202教室
※※限定30名のゼミ形式講義ですが、事情が理解できればモグリも許容します。
1)オリエンテーリング+阿部個人の「マイベストテン」をプリント配布(4月11日)
2)阿部個人の「メール文書作例集」をプリント配布、メールがどうあるべきかを語る(4月18日)
3)受講者の「マイベストテン」(提出課題)講評(4月25日)
4)受講者の「幸福の小さな断片」(提出課題)を「半分」講評(5月9日)
※春日武彦『幸福論』(講談社現代新書)中「第一章 幸福の1ダース」を参照した
5)受講者同士による提出課題「幸福の小さな断片」の相互批評(5月16日)
6)受講者の「問と答」講評(5月23日)
※石川淳『文林通言』中の「問と答」(凡庸な編者者の質問にたいし石川が傍若無人に答えた)、 その回答部分を自分なりに差替えてくださいという課題を出した
7)松本志代里さんインタビュー(5月30日)
「女が柔らかく働くとはどういうことか」「女特有の自己提示法はあるのか」
※松本さんは僕の『日本映画の21世紀がはじまる』の編集者、 その柔らかくしつこい働きぶりが、最近のお気に入り
8)提出課題「私の20の光景」講評(6月6日)
(「私」の想定的な像を並べ詩のように配置するという課題)
9)提出課題「私の20の光景」の受講者による相互批評(6月13日)
10)提出課題「実は私は」メール、講評(6月20日)
(私を演出するメールを打つ。そのとき「実は」という核心接近の気配をイタズラでつくってみる)
11)提出課題「実は私は」メール第二弾、講評(6月27日)
(前回フィクション・メールを打ったひとはノンフィクション型メールを、前回ノンフィクション・メールを打ったひとはフィクション型メールを、さらに送ってもらった)
12)提出課題「構成的な私」講評(7月4日)
(それまで配付したプリント中「問と答」「私の20の光景」「実は私はメール」のなかから個々人のフレーズを「引用」してもらい、 40行以上の詩をつくってもらった。構成の練習だが、それで架空的な「私」も浮上させようという試み)
13)まとめ+「替唄の試み」(7月11日)(最終回)
(詩に興味をもった受講者が多かったので、僕のつくった、岩田宏「感情的な唄」、西中行久「週日レッスン」、それぞれの「替唄」をプリント配付した。これも「構成」の練習)
2005年度後期立教大学文学部(全学年)講義(「比較論講義7」)
講義内容=さまざまなサブカルチャーのなかから 「私自身を表現する作品」の構造・状況を分析する。
(セルフドキュメンタリー、ブログまでを視野に入れます=草稿をほぼ用意)
※月曜5限(16時半-18時)@立教池袋校舎8号館8303教室
※モグリ可(モグリの場合は講義後、声かけしてください)
1)吾妻ひでお『失踪日記』について 9/26
2)松江哲明『カレーライスの女たち』について (松江哲明君ゲスト) 10/3
3)平野勝之『流れ者図鑑(AVバージョン)』について 10/11(10/10の振替授業)
4)荒木経惟『センチメンタルな旅/冬の旅』について 10/17
5)大橋仁『目のまえのつづき』について 10/24
6)三角みづ紀『オウバアキル』について 10/31
[※11/7は秋休み休講]
7)岡井隆の流謫期の短歌について1 11/14
8)岡井隆の流謫期の短歌について2 11/21
9)荒井晴彦(『争議あり』)について 11/28
10)寺山修司・谷川俊太郎『ビデオ・レター』について 12/5
11)福満しげゆき『僕の小規模な失敗』について 12/12
12)豊田道倫のベスト20を決める 12/19(最終講義)
04年度後期 立教大学(全学年)講義(比較論講義7)
全体テーマ=
「少女」が表現主体となった/表現客体となった
サブカルチャー(小説/コミックス/アート/音楽/写真)を
現代的視点から検証・分析。
そのさいドゥルーズ/ガタリの著作中の「欲望する諸機械」から援用された、
阿部独自の概念「少女機械」を諸作品の考察に駆使する。
*月曜16:30-18:00
@立教池袋8号館8303教室
**モグリ聴講も可。
ただし、その場合は講義後に声かけてください。
1.少女機械について(9月27日)=講義内容は当サイトにアップ済
2.金原ひとみについて(10月4日)
3.綿矢りさについて(10月18日)
4.高浜寛のコミックについて(10月25日)
5.福島聡『少年少女』と浅野いにお『素晴らしい世界』について
(あるいは「希望体」について)(11月1日)
6.安田弘之『紺野さんと遊ぼう』について(11月15日)
7.会田誠について(11/22)
8.ハルカリについて(11/29)
9.東京事変『教育』について(12/6)
10.宮崎駿『ハウルの動く城』について(12/13)
11.辺見えみりの自写像について(12/20)
12.オノデラユキ写真集『cameraChimera』について(05/1/14)
2004年度前期 立教大学(全学年)講義(「共通自由演習10」)
全体テーマ=
現代マスコミを泳ぎきるための
全ジャンルOKのライターを目指そう
(やがては雑誌文化を変えてやろう)
――のための、具体技術助成講座
※月曜16:30-18:00
@立教大学池袋校舎5201教室
※※限定30名のゼミ形式講義ですが、
事情が理解できればモグリ学生も許容します。
1.受講者決定大ジャンケン大会+
「オレのような食えないライターになってはいけない」(4月12日)
2.「グルメ記事いろいろを検証してみよう
――コラム記事から吉田健一・玉村豊男まで」(4月19日)
3.「提出レポート“池袋イチ押しのラーメンメニュー”の大講評大会」(4月26日)
4.「売れっ子女性誌ライターになるための
女性コラム+記事の文体解析」(5月10日)
5.「提出レポート“私の好きな季節”の大講評大会」(5月17日)
6.「音楽雑誌掲載コラムの吟味――
原稿が成立している要因は何か。限界はどこにあるか」(5月24日)
7.「提出課題『あいうえお唄』の大講評大会」(5月31日)
8.「提出課題『Jポップこの一曲』の大講評大会――
あるいはジャーゴンの逼塞をいかに回避するか」(6月7日)
9.「差異と欲望/見立て/文春、をキーワードにした
80年代型雑誌コラムの大研究――
泉麻人/ナンシー関/近田春夫を中心に」(6月14日)
10.「講義の間奏曲として――
懺悔録:阿部嘉昭はいかにして売れっ子ライターをしくじったか
(雑誌掲載された阿部の若書きレア文献、出血大放出!!)」(6月21日)
11.「阿部はこの5月-6月、クライアント・孫家邦に
キビしく原稿のダメ出しをされた。
その途中過程を吟味することで
編集者感覚のある原稿、正しいインタビュー記事とは何かを考える回
(『ラブドガン』劇場用プログラムを素材に)」(6月28日)
12.「提出課題:80年代型雑誌コラムを目指そう、
の大講評大会」(7月5日)
13.「講義全体の反転――
僕の好きな70年代型評論家の文章を官能的に熟読吟味してみよう
(上野昂志/草森紳一/河内紀/大和屋竺/
平岡正明/朝倉喬司などなど)[※最終講義](7月12日)
2003年度後期立教大学講義(映画)
全体テーマ=60年代日本映画における
「68年革命」的なものの登場と消滅を
とくにその女性性の局面から検証する
*具体的な内容・展開は講義草稿集である
『68年の女を探して--私説・日本映画の60年代』(論創社)を
ご参照ください。
2002年度後期立教大学後期(映画)
全体テーマ=「極東アジア最新映画の研究」
※香港・台湾・大陸中国・韓国の先鋭的映画に勃興している
「アジアン・リアル」の正体を探る
※※講義草稿はすべて用意するつもりでいます
1 楊徳昌(エドワード・ヤン)『青梅竹馬(Taipei Story)』(9月30日)
2 楊徳昌(エドワード・ヤン)『ヤンヤン 夏の想い出』(10月7日)
3 楊徳昌(エドワード・ヤン)『ヤンヤン 夏の想い出』+『指望』(10月21日)
4 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)『ミレニアム・マンボ』(10月28日)
5 張作驥(チャン・ツォーチ)『最愛の夏』(11月11日)
6 余力為(ユー・リクウァイ)『天上の恋歌』(11月18日)
7 王家衛(ウォン・カーウァイ)『花様年華』(11月25日)
8 ロウ・イエ 『ふたりの人魚』(12月2日)
9 賈樟柯(ジャ・ジャンク―)『一瞬の夢』 (12月9日)
10 ホ・ジノ 『春の日は過ぎゆく』(12月16日)
11 キム・ギドク『Bad Guy(悪い男)』 (1月6日)
2001年度後期立教大学講義(サブカルチャー)
全体テーマ=「サブカル表現における悪趣味(の効能)」
※草稿用意(内容はすべてフロッピー化)。
1 「アニメはがんらい無気味だが/宮崎駿『千と千尋の神隠し』は/無気味さの内実を一挙に変えた」(10月1日)
2 「東アジアの民俗的記憶に導く/『千と千尋の神隠し』の混沌は/よさこい祭やガングロに似ている」(10月15日)
3 「駕籠真太郎「駅前」シリーズは/幾何学的妄想と「づくし」が/相互翻訳可能となった残酷漫画」(10月22日)
4 「乱歩、花輪和一、ベルメール…/その系譜上の「畸型創造」を/『輝け!大東亜共栄圏』は継承した」(10月29日)
5 「60年代アングラ色を無媒介に出す/ゆらゆら帝国の無時間性は/彼らのノー・グルーヴ感と直結する」(11月12日)
6 「ゆらゆら帝国『ミーのカー』では/引きこもりから死の輝きへと/曲ごとに恐怖相が進展してゆく」(11月19日)
7 「フェラチオを夢見る女子高生も歌う/太陽肛門スパパーン『馬と人間』は/ザッパ的コラージュの新達成だ」(11月26日)
8 「『馬と人間』は東京サバービアと/地方都市との風景の差異消滅を/政治的先鋭性のなかに提示する」(12月3日)
9 「AV的実現から新表現が生じる/――魚返一真・大橋仁の二人は/そんな時代の写真家の旗手だ」(12月10日) ○配布プリント=魚返一真『妄想カメラ』への個別註釈(好みのものに限定)
10 「荒木経惟『センチメンタルな旅』は/ハメ撮りする妻・陽子の躯から/物凄い闇を噴出させる歴史的傑作」(12月17日)
11 「大橋仁『目のまえのつづき』は/荒木を継ぐ私小説写真の精華――/しかも情動は「重複」から現出する」(02年1月7日)
○配布プリント=「悪趣味文献リスト」
2001年度前期立教大学講義(映画)
全体テーマ=「映画創造力涵養のため諸分野の低予算映画を検証分析する」
※草稿用意(内容はすべてフロッピー化)。
2コマぶち抜き。前半でビデオによる映画観賞、10分休憩ののち、その日上映した作品について詳述した。
1 「友達の仕種や挙止を使ってドラマをつくりあげる」(4月16日)
参考作品=『メロデ』(風間志織監督)
2 「個性を持続させるため戦略的にミニマリスムを採用する」(4月23日)
参考作品=『風たちの午後』(矢崎仁司監督)
3 「「映画的知識」を抑制的に活用するにとどめる」(5月7日)
参考作品=『恋のたそがれ』(山口貴義監督)
4 「融即性」の文法を駆使して実験映画を撮る(5月14日)
参考作品=『アンダルシアの犬』(ルイス・ブニュエル監督)/『人造の水』(ケネス・アンガー監督)/『GRIM』『WALL』(ともに伊藤高志監督)
○配布プリント=福間健二「秋の理由」/阿部嘉昭「秋の理由(別バージョン)」
5 「演劇の「全体不可視性」を映画へと奪還する」(5月21日)
参考作品=『今宵かぎりは…』(ダニエル・シュミット監督)
6 「「犯罪」や「決定不能性」にまつわる現代的感性を組織する」(5月28日)
参考作品=『怯える』(古澤健監督)/『犬を撃つ』(木村有理子監督)[ともに映画美学校作品]
7 「ドキュメンタリーをつうじ負の世界への愛を「連鎖」させる」(6月4日)
参考作品=『ミゼットプロレス伝説』(野中真理子監督=TV作品)/
『アンチェイン』(豊田利晃監督=劇場公開中)
8 「写真解析からドキュメンタリーの映像論を定位する」(6月11日)
参考作品=『KYOTO, MY MOTHER'S PLACE』(大島渚監督)/
『SELF AND OTHERS』(佐藤真監督=劇場公開中)
9 「「私」の思考を撮ることから「私」の身体性を生みだす」(6月18日)
参考作品=寺山修司/谷川俊太郎『ビデオ・レター』
○配布プリント=「私の好きなもの」(ロラン・バルト/松浦寿輝/福間健二/瀬々敬久/武村知子/切通理作/郡淳一郎/阿部嘉昭)
10 「AVにつうじるビデオ属性をドラマにあたえる」(6月25日)
参考作品=篠原哲雄『張り込み』
11 「映画ジャンル批評と作品のアジア化を同時実現する」(7月2日)
参考作品=『熟女ソープ・突き抜け発射』(榎本敏郎)
○配布プリント=シナリオ「回帰な話」
2000年度後期立教大学講義(サブカルチャー)
全体テーマ=「戦後民主主義終焉後の日本の表現者たち」
※内容については『実戦サブカルチャー講義』を参照。
2000年度前期立教大学講義(映画)
全体テーマ=「作品別・成瀬巳喜男研究」
※作品別に、手書きの研究ノートを作成(内容はフロッピー化されていない)。
2コマぶち抜き。前半でビデオによる映画観賞、10分休憩ののち、その日上映した作 品について詳述した。
1 『浮雲』(4月17日)
内容:「高峰秀子・森雅之の顔の特質」「その表情・視線変化」「45度基軸のカット変化の細密性」「この作品で“戦後時間”はどう捉えられているか」「作品内の負の記号系」「主演ふたりの運命変化グラフ」「吉田喜重監督『秋津温泉』との比較」など。
2 『妻よ薔薇のやうに』(4月24日)
内容:「表現上のモダニズムと移動撮影」「人物の順列組合せにみられる機械論」「主題的な暗さが溶明されること」「舞台俳優と映画俳優の区別」「千葉早智子の演技に仕込まれた機械論的段取り」「ラストシーンはなぜ衝撃的か」など。
3 『鶴八鶴次郎』(5月1日)
内容:「芸道物というジャンルと戦時下」「浪曲的/新内的のジャンル区分」「呉越同舟物」「路地から路地へのつなぎ」「山田五十鈴と長谷川一夫がゆく温泉場の“光”について」「物語はいかに効率化されているか」「長谷川一夫の転落過程での“光”について」など。
4 『まごころ』(5月8日)
内容:「外界空間の連続性」「清水宏作品との比較」「日本間のなかで少女たちの脚がいかに余剰を形成するか」「泣く仕種の美しい独自性」「主題としての仕種の反復」「主題としての空間の反復」「作品ラストは納得できるか」など。
5 『めし』(5月15日)
内容:「上原謙と原節子の住む長屋の間取りの細部設計を推理する」「作品の女性化に向けてのナレーションの威力」「女の器械化/環境化/自然化/無化」「疲れという主題」「上原謙が背負っている複層性」「原の表情の要約不能性」「ふたりはなぜ仲直りをしたか・・初の2ショットの成立とその際の相似的視線移動」など。
6 『山の音』(5月22日)
内容:「暗示/エロス/サスペンス」「作品内で上原謙と原節子の性交は何回暗示されたか」「原節子の鼻血場面――文脈を超えたエロス」「原のマイナス鏡像としての中北千枝子」「父の愛の獲得競争」「長岡輝子の魅力」「同道シーンの光の見事さ」など。
7 『晩菊』(5月29日)
内容:「異様な画面の暗さ」「成瀬映画におけるカネの主題」「女の加齢というテーマ」「諦念と不信で鎧われていた表情がいつ裸形化(エロス化)するか」「障子と玄関扉」「媚態=イエスとノーを同時にいうこと」「シーンバックによるシーンの照応」など。
8 『驟雨』(6月5日)
内容:「夫婦の会話の空疎化にともなう動作の空疎化」「この作品での香川京子はなぜ可愛いのかを理詰に検証する」「反復のズレ」「原節子が鳥鍋の余りをかき込むシーンの残酷」「文化住宅の空間把握の変化と視覚的大団円」「切り抜かれた新聞の反復と“風穴”という主題の到来」「天使性と相似性の不可分」など。
9 『流れる』(6月12日)
内容:「空間への人物の出入りと作品の律動化」「科白の畳み掛け」「原作との比較」「この作品の柳橋はどのように作られたか」「風景に溶け込む賢者の歩き方と、そうならない愚者の歩き方」「中北千枝子に仕込まれた謎」「作品に籠められた売春論」「三味線の音がズリ下げになるラストシーンの情感/風景論的秀逸」など。
10 『女が階段を上る時』(6月19日)
内容:「『銀座化粧』との相違」「銀座商売と腹芸」「『流れる』の延長線上にある売春論」「“愛”が自己励起ではなく没落の要因となる逆説」「結婚か銀座づとめかという択一主題の不毛化」「女の変貌のたやすさ」「ワイドスコープについて」など。
11 『秋立ちぬ』(6月26日)
内容:「『まごころ』との比較」「痛ましさについて」「成瀬作品に訪れた都市空間の変貌」「オートバイ疾駆シーンの不吉さ」「空間が急にがらんどうになること」「通貨の役割を演じる作品内の“甲虫”」「成瀬作品のエンディングはどう訪れるか」など。
12 『乱れる』(7月3日)
内容:「成瀬作品はいかに物語の効率性を失っていったか」「高峰秀子の顔の美/醜の捉え方から予測される成瀬の高峰への相反感情」「高峰/加山雄三相互の身体への意識はどう描かれているか」「眼が消えること/眼が泣くこと」「画面への高低差と斜めの導入」「“でくのぼう”加山の痛ましい美しさ」「ラストの “乱れる”の連打」など。
13 『乱れ雲』(7月10日)
内容:「成瀬とカラー映画」「時の進行の苛烈さを柔和する“反復”」「加山雄三と司葉子の身体接触はどう具体的に進展していったか」「司から摘出されるエロティシズム」「カフカのいう“悪運のカラス”と本作の関係」「ラストシーンの検証」など。
1999年度後期立教大学講義(サブカルチャー)
全体テーマ=「サブカルチャー環境のなかでの身体と感覚の変貌」
※内容については『精解サブカルチャー講義』を参照。
1999年度前期立教大学講義(映画)
全体テーマ=「長篇映画評論の書き方」
1 「映画はイメージ上、なぜ廃されるのか」(4月13日)
使用テキスト=「邦画にまつわる肉体感」(阿部嘉昭)/「映画館から出て」(ロラン・バルト、『第三の意味』より)。
2 「エラソーな映画評論を書いてはいけない」(4月20日)
使用テキスト=「「わからないなら、黙って引っ込んでいればよろしい」と口にしているだけで、はたしてよいのでしょうか」(蓮實重彦。山根貞男との共著『誰が映画を畏れているか』より)、「日本映画時評126・境界線上の新人監督」(山根貞男、「キネマ旬報」98年6月上旬号)ほか。参照映画=『いつものように』(けんもち聡監督)。
3 「複製芸術としての映画」(4月27日)
使用テキスト=「飛び散った瓦礫のなかを」(中村秀之、東京大学出版会『情報社会の文化2 イメージのなかの社会』より)、「タッチとダッシュ」(稲垣足穂『足穂映画論』より)、「ジーン・ティアニーと1940年代のハリウッド映画」(秦早穂子・山田宏一、『映画、輪舞のように』より)。参照映画=『ローラ殺人事件』(オットー・プレミンジャー監督)、ほかに夏川結衣主演作として『夜がまた来る』(石井隆監督)、『私たちが好きだったこと』(松岡錠司監督)。
4 「音響としての映画」(5月11日)
使用テキスト=[『抵抗』(ロベール・ブレッソン監督)について](ミシェル・シオン『映画にとって音とはなにか』31-45頁)、[『錆びたナイフ』(舛田利雄監督)について](橋本文雄・上野昂志『ええ音やないか』265-284頁)。参照映画=『39・刑法第三十九条』(森田芳光監督/橋本文雄録音)。
5 「映画ジャンル論」(5月18日)
使用テキスト=「フィルム・ノワール」(加藤幹郎『映画ジャンル論』22-45頁)、『ヒズ・ガール・フライデー』(ハワード・ホークス監督)評(阿部嘉昭、『映画100物語 外国映画篇1895-1994』より)。テキストを概観したのち、「ポスト・ヤクザ映画というシャンルをどう考えるか」「戦争映画としての『シン・レッド・ライン』(テレンス・マリック監督)」「『39』(森田芳光監督)再説」などについて講じた。
6 「映画とエスニシティ」(5月25日)
使用テキスト=「銭は神に通ず」(草森紳一、『銭は神に通ず』より)、「變臉と三毛」(平岡正明、『變臉』劇場用プログラムより)、「アジア化する日本映画――三池崇史について」。参照映画として指定した『日本黒社会』(三池崇史監督)を概説したのち、「『ラブ・レター』(森崎東監督)と『酔夢夜景』(片岡修二監督)との徹底比較」、『ディープ・ブルー・ナイト』(ペ・チャンホ監督)などについて講じた。
7 「ショット分析について」(6月1日)
使用テキスト=「川島=村井は始源の映画的想像力を覚醒させる」(筒井武文、「キネマ旬報」93年6月上旬号より)、「非人称的接近により小津世界を相互補完する快著」(筒井武文+阿部嘉昭、「キネマ旬報」93年3月上旬号より)、「「フレーム」の中と外――あるいは田村正毅論」(筒井武文、「映画館に行こう!」第14号より)。参照映画=『晩春』(小津安二郎監督)。
8 「テマティスム構造批評について」(6月8日)
「ベルナルド・ベルトルッチ論」(蓮實重彦、『映像の詩学』より)、「ダブルベッドと贋作名画」(松浦寿輝、『映画1+1』より)、『赤赤い髪の女』評(上野昂志、『官能のプログラム・ピクチュア』より)、「『Love Letter』は映画ではない」(阿部嘉昭)。参照映画=『ラストタンゴ・イン・パリ』(ベルナルド・ベルトルッチ監督)、『赤赤い髪の女』(神代辰巳監督)。
9 「作家論の方法――北野武を例に」(6月15日)
使用テキスト=『菊次郎の夏』映画評2本(ともに阿部嘉昭)。参照映画=『菊次郎の夏』(北野武監督)。
10 「俳優の演技について」(6月22日)
使用テキスト=ロベール・ブレッソン『シネマトグラフ覚書』[俳優についての考えが示された箇所を抜粋コピーしたもの]、「映画演技のメモ」(森雅之、『映畫読本森雅之』より)、「役所広司、お前は誰だ?」(轟夕起夫、「ユリイカ」97年10月号より)、「顔貌」(阿部嘉昭、『AV原論』より)。参照映画=『八月のクリスマス』(ホ・ジノ監督)。テキスト概観後、「『八月のクリスマス』における「タリム」(シム・ウナ)の「内面」はどう描かれたか」「『八月のクリスマス』と『OLの愛汁・ラブジュース』(田尻裕司監督)の比較」などについて講じた。
11 「ゴダール」(6月29日)
使用テキスト=「破局的スローモーション」(蓮實重彦、「GS2@」より)、「大島渚VSゴダール――「代位」をめぐる思考」(阿部嘉昭)。参照映画=『女と男のいる舗道』『男性・女性』(ともにジャン=リュック・ゴダール監督)
12 「政治的映画批評について」(7月6日)
使用テキスト=「ミッツィー・ゲイナー論」(花田清輝、『著作集Ⅳ』より)、「座頭市オゥ・ゴー・ゴー」(平岡正明、『座頭市 勝新太郎全体論』より)、『ドゥ・ザ・ライト・シング』(スパイク・リー監督)評(伊達政保、『ドゥ・ザ・レフト・シング』より)、『ラブ&ポップ』(庵野秀明監督)評+『ポルノスター』(豊田利晃監督)評+『座頭市 勝新太郎全体論』書評(すべて阿部嘉昭)。参照映画=『ドゥ・ザ・ライト・シング』。テキスト、参照映画について論じたあと、現今の「シブヤ映画」に垣間みえる政治性について論じた。
13 「映画と都市」(7月13日)
使用テキスト=「東京を映した映画三〇選」(上野昂志、『映画全文1992-1997』より)、「悲劇と喜劇のキス――楊徳昌『カップルズ』」(阿部嘉昭)、この授業のために配布したオリジナル・プリント「授業の終わりに」。参照映画=『カップルズ』。
