▼コラボレーション

杉本真維子のように

杉本真維子のように






【解題】
杉本真維子さんには忘れえぬ名言がある。
「詩篇を推敲してゆくと
どんどん削っていって
最後には詩がなくなってしまう」。

杉本真維子の詩がときに暴力的に映るのは
削除と圧縮の自己懲罰的な繰り返しによって
構文が悲鳴をあげ、
語と語が蒼白のスパークを起こし、
結像性も破壊されて
そこにあたらしい文法が創出されながら
自己への遠さのようなものが組織されるからだろう。

その最後のものが、
杉本真維子の詩を抒情として
さらには身体性のあるものとして最終保証する。

こう書くと、厳密な詩作意識が印象されるだろうが
実際の手捌きをかんがえるなら、

1)第一観的に一旦成立した詩篇を
2)骨組になるまで削除し
3)さらには攪拌し
4)そこに成立しはじめた余白の呼吸を整え
5)その勢いで最小限の音律化をほどこす

ということにしかならないだろう。

これは考えてみれば詩作の通常性に属する事柄で、
よって杉本真維子の詩の把握も
その語組織の暴力性には幻惑されずに、
手捌きの身体性ふかくに潜ることで完成されるだろう。

今回の「まねび」は
上記の5点を意識すればいい、と受講生たちに助言した。
けれども提出されてきた詩篇は
「いかにも現代詩風の語調」によって弛緩し
緊張を欠いたものが多くなった気がする。

なるほど杉本真維子の語調は
その分布だけを取って平準化すれば
現代詩の趨勢とほぼ変わらない。
問題は自己懲罰したあとに「なお」のこる
抒情と身体性のほうだった。
それを「まねび」の対象とするよう
もっとつよくいうべきだった。

詩集になっているかぎりの杉本詩の最高峰は
『袖口の動物』所載の詩篇「笑う」だとおもうが、
奇妙な直喩、自己身体への再帰的意識、
詩空間にあふれてくるひかりなどによって
語の抽象度が高いのに
柔らかい再読誘惑性を誇っている。

そこまで到達した詩篇はほぼなかった。
その意味で提出されたものは
直喩などの参照はあっても
「高度な意味では」杉本真維子に似ていない。

なぜだろう、真維子さんの「まねび」では
その真髄が希釈されてしまうのに、
廿楽順治さんのように
個性とスタイルのつよいものへの「まねび」では
自身に立脚した換骨奪胎が生ずる。

廿楽詩にある明瞭な型が
自立を促進する箍になっている、ということだろう。
となると若い詩作者は
現代詩一般に水増しされる惧れのあるものは
「まねび」の視野に
入れるべきではないのかもしれない。

次点は以下の六篇。
・森田 直「製造過程」
・三村京子「ロボット」
・齋田尚佳「空焼け」
・斎藤風花「あけびの頃」
・鎌田菜穂「窓」
・柏谷久美子「窓枠」

森田くんの作は自己身体への再帰的視線をもつ。
視線はナイーヴだが、それが妙味となるのは
それを複雑にすると厭味になる時代だからだ。
杉本真維子との共通点はむろん自己再帰性にあるが
真維子さんのそれはもっと厳しい。

三村さんの作も自己史への凝視という点で
同様の再帰性をもつ。
修辞が「現代詩的に」混乱しているが
最後の四行がすばらしい。

齋田さんの作では
暁闇から払暁を眠る自己身体が
これまた叙述されているとおもう。
咀嚼しにくい語法にそれでも親しみがあって
その点では杉本詩の良い点が参照されている。
ただし、途中に一行で入る聯が勿体ない。

斎藤さんの作は杉本真維子さんの詩風に
見事に肉薄しているとおもう。気合充分。
ところがその緊張がとけた「秋になった」以後が
現在的に変形された西脇のようで
音韻・余白ともにすばらしい。
「胎座」など動悸を導く語彙も効いている。

鎌田さんの作はマンションの一室の風呂にいる
自分が描写されたとおもう。
最終行の命法まで杉本さん的に語法が引き締まっているが、
杉本さんが作詞し三村京子さんが唄った
「くつをとばせ」との主題共通性に吃驚。
偶然だろうか。授業時から評価を格上げした。
風呂場で自分の裸身が夕光に包まれれば
「抒情」が兆さずにはいない。

柏谷さんの作は見事な「窓枠」論だ。
窓という「此岸/彼岸」をわかつものがあり、
しかもそれはそれ自体、ギリギリの厚みをもつ。
たぶんその厚みが作用するのだろう、
「あなた」は「こちら」にも「あちら」にも
その窓によって遍在することができる。
そういう「期待」のはかなさ。
けれども「窓」には「枠」があるので
「わたし」は幽閉に縛られる。

最高点は以下の三篇。
・長谷川 明「古い夢」
・荻原永璃「岬」
・山崎 翔「くだものをほしがる」

長谷川くんの作は抒情詩としてすばらしいが
松岡政則さんの語法が顕著にあるように
杉本詩には似ていないかもしれない。
自己身体を遠方に放置する意識と
「それでも」それが間近に残存している意識が葛藤し
そのなかで「過去」が掴まれる。
この点は、主題的に杉本真維子を髣髴とさせる。

荻原さんの二篇中の一篇「岬」は、
自分の幼年の写真に思いを馳せているが
「岬」が場であると同時に
「わたし」の属性にもなって
全体が二重化している点が素晴らしい。
修辞に沸騰を呼び込みながら
それでも静かさが狙われている。

山崎くんの作も自己身体問題の磁圏にある。
良い感じで女性化している作風だとおもう。
「胃袋の内角の和をやぶって」
という一行にハッとした。
そして最終行にも。

例によって冒頭に一篇、
真維子さんの詩篇を引用させていただいた。
(阿部) 





 
●杉本真維子のように

長谷川 明/中川達矢/森田 直/二宮莉麻/三村京子/
大永 歩/川名佳比古/渡邊彩恵/齋田尚佳/森川光樹/
斎藤風花/鎌田菜穂/中村郁子/荻原永璃/山崎 翔/
高橋奈緒美/柏谷久美子/阿部嘉昭





【笑う】
杉本真維子


白蛇のように流れた
くらやみの包帯について
かち鳴らす銀色の箆のような
うすく、清潔な悪いこころ
乱されるように均されて
手首からひらたく黙る

そのまま、いまは誰もなにも
わたしに映りこむな
雨のしずくに閉じ込めた
逆さの文字だけを読みすすみ
いつか、出口のように割れてみせる
破片は朝のひかりに
なぜにんげんのくずのように掃かれるか
黒い背がいっしんに屈み
ばらばらの顔を丁寧に並べていくと笑う


(杉本真維子『袖口の動物』〔07〕より)









【古い夢】
長谷川 明


僕と僕のかなしいがであう
古い夢を
蹴り転がすあそび
そこで
音楽をさがそうとする
色がみつからないこと。
あらかじめ失われていること。
もう一度眠る。
ぼくを
育成している
古い夢の中に
幾つもビルが建てられて
人のいない町が複雑になる
町は呼吸する
リズムがそこにある
さめることでぼくは露わになる
電車とぼくは静かだ
電車は町を過ぎる
皮膚に残る
古い夢のランドマーク









【脱色】
中川達矢


握りしめた私の
手の重さを感じて
ふと逃げ出したくもなる
血色は
いつだって
青い嘘を教わり
そのまんなかで
蠢く垢の
黄ばんだすきまに
先客がいる
中で
だれしもが
戸惑う成長の
あかみを知る
孵化する後悔に
先立って
体温から遠ざかり
冷えた明日のために
かつてない私を
殺す









【製造工程】
森田 直


焼かれ
まずいところを
すてられ
おいしい部分だけのこった
膚色の棒きれ

それでも
生まれたときは
うつくしかった

母なるあれに
ただよい
父なるそれに
すきとおった生をいかされ
内臓がすけてみえ
それでも
うつくしかった

よる
心臓にある
なにもない不満に
真固い白が降り
バラバラ突き刺す

いま
濁ってつめたい









【想い出】
二宮莉麻


ホチキスでとめられた絵本に
かかれてる
軍服をきたサーカス団

おかえり

と声がすると
おやつの時間だ
あかいマドレーヌを紅茶にひたすと
もようができてほっとする
瞬間に風がふきつけると
あまったるい夕闇の空間に穴があいて
わたしはおびえる
それはいつかでていったあの人の
うずきなのか
想い出には夕闇がひどくなつかしい

窓が
光の輪に
反射して









【ロボット】
三村京子


髪が無くなるまで切ったのも
欺くためで
銜えたのは誰かのたいせつなもの
交換する手紙の
わたしの恫喝は
もううまくほどけない
あのひとは泣いていてまぶしい
街灯のように立ちならんで
いまでは
緩やかではないその水流へ
ゆだねてしまわなければ
金の砂つぶのなかから
こわれたにんげんのかけらを
拾いだすこともできない
ごっそりと遅れることを
誰に教わったのか
数億光年前に光った
まばたきのように









【こもりうた】
大永 歩


しょうがの甘さは
しずくをつくって
夏をしたたる

熱風になる

わたしのからだは
宙をまって
はじける

たまになって

たりないものがない
扇子のほねに
あしがまどろんでいる

酔狂に
第三関節に
こもりうたをなでて









【午后のつめたさ】
川名佳比古


あおくぬれた煙が
くちもとを這いまわり
ひとりとひとりが
触れることのつめたさを
おおきく吸いこんで
血を流すことはなかった
閉じられた午后の
顔をみることはつらい









【白檀】
渡邊彩恵


ひらひら、てを
あおぎ
むらさきの蝶たちが
すれちがう
仄かな舞いは
香りにまぎれていく
そんななつかしさ
いったい誰がつれて来たのだろうか
太陽がさして 痛いとき、
身体から 汗が流れ出すとき、
こいしくなる

パチン
ばさっ

くりかえし

はばたくことを忘れた
あまい香り
それとは
違うものを求めはしない
愚かさをわらえ









【空焼け】
齋田尚佳


くるんだ肢体の橙には
射ぬくような衣擦れの音がふさわしい
潜った暗がりのうちに
小さな隠しごとを落として
敷きつめたここちよさの上で眠る
夢見のままに手の綿をまさぐると
うすい冷たさを追いやるように離れない

こなくていいの

月をまねした呼吸は覚えず乱され
嘘を込めたぶんだけ宙をつかむ
色が追いぬいた
あかつきに魔がさした









【ある晴れた日に】
森川光樹


すいません
すけた耳を
かえしてください

ひかる糸のさきで
溢れたうそが
白い鏡のなかをかけまわり
つないだ音の
半身と半身が
ちぐはぐに
捕まえにいく

すいません
耳はうちにありました
収斂したはじまりが
鳴り響いた









【あけびの頃】
斎藤風花


動物の口に入って運ばれる
甘さの破片の核は
固くにがい無数の点
からだにまきちらした甘みは
紅い裂け目のなか
それはわたしには関係のない痛み

水溜まりには飛び込むの
幼いあなたに贈るのは
無数の目玉模様と
壊れてみせたわたしの面影

いっそひと思いにやってほしい
収斂するいたみに
とかされ絆され泥にまみれる

秋になった

あけびの蔓は今年も
木のような固さ

わたしは目玉になった
わたしは甘い胎座をもって朽ちた

あなたは熟した蔓になり
籠となり時を包んだ









【窓】
鎌田菜穂


七階のバスルームの
窓をあければ
こもった円満がこぼれでて
均される

夏の弛緩しきった
風が吹きとおり
細胞をさらってゆく
わたしに、なにがのこるか

なげつける発語が
血まみれになっても
あちら側におちてゆく
のぞいてください

するどいふちに傷ついて
いたいたしく一切が
青すぎる
夕方よ
そのまま、しかくく
静止せよ









【あかい果実】
中村郁子


ガードレールをこえて
せのびをした

タベチャイケナイヨ

でも心臓を刺されたし
耳も削ぎ取られたから

あのさ、こっち来なよ
オマエハザコ
ザコ

ひとりだけで食べる禁断
酸と苦み

「なにかうれしいことがあったの?」
うん、友だちと遊んだんだ









【輪廻】
中村郁子


ほら
早くしないととけちゃうから

おひさまの下で天からの声に急かされ
必死にアイスキャンデーを食べる

けれど体も熱くて
こおりはすぐに液体に
そしてからだの一部になる

食べきれなくて地べたに落ちた
あまさにむらがるアリ
わたしの葬列

どちらにころんでも
いのちは
めぐる









【名前、和音】
荻原永璃


遊歩道をかたちづくっていた木の
名前を
わすれてしまった
合唱曲のかさなり、や
家々の夕餉のにおい
引きずった肉の重み
同じ顔をした友人を
順々に
調整池に沈め
木の名前をさぐる
ア と ン の間にありますか
五号棟と十三号棟の間でしたか
遊歩道をのみこむ団地のしかく
窓からはスカーフが揺れ
赤い
葉はみどりで
冬は裸でした
調整池の周りには
木の根もとには
マムシ注意
の、看板が錆びては錆び続け
行き場をなくした和音が
物欲しそうに
こちらを見ている
音が重なりすぎて
判然としない名前
お前の名前
葉ずれの繰り返しの中に
歌われた名前
水底から連なる少女の視線
名前をわすれた夕方の上に
白い月が浮いている









【岬】
荻原永璃


熱帯夜に雨が降り
わたしは苗床として
岬を生やし
やがて流れ出る花々を
耳の奥に感じる
赤ん坊だったわたしの
羽毛のような髪を思い
灰色のもとに抱いた手の温度を夢想する
テッポウユリの岬
写真から製造される記憶
母は三年後のわたしと同い年
七月
こどもではなく南を孕み
乳房に汗が伝う
網戸の向こうの低気圧に
渦巻く海が見えた
横たわるわたしから
岬は溢れ
匂い立つ夜に溶けていく
臍帯としての百合
延々と連なる花行列の
夏の果てに
岬が重なるなら
おまえの頭を撫でたいと
そう思う









【くだものをほしがる】
山崎 翔


できるだけ
短く
うずくまるようなかたちで
千切れては
まとわりつく唾を
吐きこぼしつづけている

さなぎであり
こきゅうがくるしい

がらがらと
洗濯機の振動でも騒ぎだす
生活
おなじ原理で
蹴り上げられたように
咳込む
胃袋の内角の和をやぶって
真っ赤に滲むまで掻き出しても
昨日のみこんだ
はずの
縫い目の向こうが見当たらない

刺したのか









【夜空に嘘をついた】
高橋奈緒美


夜空に嘘をついた
人間は
大地を求める足裏を諭す

母を騙すときは
決まって自分を騙すが
夜空は光を抱えている
ことを
どうして黙っているのか

光を数えるより
闇を数える方が早いなら
月は穴じゃない

わたしも
わたしに
騙されている
大地もまた
足裏に触れる日を望んでいる
ことに
誰か
気づかないか









【窓枠】
柏谷久美子 


結露した窓をふき
連れ立って歩く風と雨を
じっと見つめていた

無数の針で削るように
上から下に打ち鳴らす
かすれた明日が耳元でいう

こっちにきたけりゃくればいい
あなたはすでにあそこにいますよ
ほらあそこです、すぐそこの

だけど
いくわけにはいかない
枠を一本もぎとって
わたしの骨と並べたら
さびにまみれたあなたの足が
わたしの元へ走って帰る









【琵琶のかたちの】
阿部嘉昭


縞になっているきもちを
かなしむこころが
両膝をかかえさせている
そう見咎めて
両腕それじたいの
きらめく価値をいった

いだくものはいだかれるものと
ついにことなって
氷塊らしきもの はこばれる。
そのまひるまをうちふす
荷車のあたりだろうか
ゆりが粉とともにこぼれて
くさの腐敗も散っている

あふれた夏の、ひかりのあゆ

荷車ではピエタがあって
やがて
まわるものだけ選ばれてゆく
すいかの匂いの相変わらず
両膝をかかえるとそれもわかり
おおきな生簀のある
天の色の庭をみて
しれず、夏の円さにはいった
そのようにちかづきながら

うむことは、とぼしいか



 







【荷運ぶひと】
阿部嘉昭


音のない町で荷物を買う
ただ運ぶための重荷は
膵炎のようにけむりだち
ゆきすぎるあじさいを
みごと枯らしてゆくだろう
何の目、炎症をおこした花は
あつまりすぎたその数列は
延焼への、どんな内在なのか








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