▼コラボレーション

松岡政則のように

松岡政則のように






【解題】
「松岡政則のように」という課題は難しい。
「生」の断片を詩篇に持ち込み、
読者の息を飲ませるのが主眼だとして、

松岡さんの場合は
・「草」「声」などの語の多義化、
・仏語に通じる概念語や方言使用、
・被差別ディテール、
・動詞の名詞化
などの綜合から現れてくる「異言」
(それでもことばの最高の意味で抒情的なのだ)を
「まねぶ」ということになりそうだが、

これを下手にやると
根拠もないのに有徴の人生の上っ面を
模倣することになりかねないからだ。
それでは実在の生への侮蔑となってしまう。

以前のミクシィで、当時のマイミクが、
松岡さんと故・古賀忠昭の語彙、
さらには鹿児島弁を混用し、
眼も当てられない被差別イメージの詩を
「文学的に」書いていたのをおもいだす。
手柄意識たっぷりに得々と。

だから松岡さんの参照は
ものすごく注意を要する難題のはずなのだが
「言語派」と呼ばれることの多いぼくの教えでは
どうしても実人生に依拠するという
多くの詩のもつモチベーションが軽視される惧れがある。

これを避けるべく、
課題「松岡政則のように」に踏み切ったのだった。

松岡さんの詩篇に「似ていない」ものは除外するとして
今回は精鋭が結集した、という印象。
以前のぼくのマイミクのように
厚顔無恥で濁りきった文学的詩篇などひとつもなく、
「生の悲哀」を真芯に置いた体験的詩篇が
それも「異言」をつうじて出現している。
みんな、注意点をよく守ってくれた。

評点については今回は次点からゆく。

次点は以下四篇。
・大永 歩「くつをなくした日」
・高橋奈緒美「九月一日」
・二宮莉麻「トースト」
・中村郁子「つゆの墓」

大永さんの「くつをなくした日」は
(学校で)自分の靴(上履き?)を紛失され
不本意な代用靴を穿かされたときの違和感を描く。
ある被差別的な深遠にその足は包まれて
いっぽう自分の元の靴は「空を歩いた」。
身体の分裂感が一瞬のうちに捉えられた。

高橋さんの「九月一日」は
自分にとっての「以前の家」を隠喩的につづる。
雀、ネズミ、ゴキブリと
家の辺縁性を象徴する動物が列挙されたあと
何かはっきりつづられない事情によって
「自分=私」に疎外が結果される。
詩篇に一瞬顔を出す「あの人」に息を呑む。
松岡さんの詩篇の印象にとてもちかい。

二宮さんの「トースト」は
「あの子のうるみをねがった」の一行がすばらしい。
その「あの子」が誰で「わたし」とどんな関係なのかは
詩篇内から手がかりをあたえられない。
「あの子」は喪失されていて
しかも「四葉=幸福」と
ひと括りにされている印象だけのこる。
まったく個人的詩篇といってよいのに、
普遍性を獲得していて、
井坂洋子さんの一部の作風も想起した。

中村さんの「つゆの墓」は
告白形式としての自傷衝動が
どう緩和されたかをしめすその後の聯
(つまり最後の二聯)がうつくしい。
松岡さん流の「動詞の名詞化」が決まっている。

最高点は以下の二篇。
・森川光樹「銅」
・長谷川 明「皿」

ふたりが採った方法は共通しているかもしれない。
つまり、どうせ苦悩が勲章のようについた
自分の生などないのなら、
ことばへの感覚を脱臼化させ
異言をもちいることで
ありえた自我を不敵に詩篇に彷徨わせよう、ということだ。

森川くんの「銅」は総体的に銅の化学実験にむかいながら
「銅」から「青」へと反復語彙が変化し、
とけた銅が下意識にあたえた形状と色の奇怪さを
自分にくりこむようにして
残酷に、うつくしく出来上がっている。
「青む」という旧い動詞を知っているのに吃驚した
(森川くんはもう一篇の「日」も素晴らしい)。

長谷川くんの「皿」はたぶん育った家庭への違和感と
食事への違和感を非常にすくないことばで
抽象的に構築している。
この「ことばのすくなさ」がそれじたい残酷でうつくしい。
そのさい、「皿」の抽象的形象が奏効している。
「かみ」は「神」「髪」ではなく「紙」ではないか。
その食事を出す家は主体のなかで放棄されたのだろうか、
最終行に出てくる「女」には
母から母性を減算された「女」だけが無惨にただよっている。

いつもどおり最初に、松岡さんの詩篇をひとつ置いた。
(阿部)





 

松岡政則のように

大永 歩/高橋奈緒美/三村京子/二宮莉麻/鎌田菜穂/中村郁子/
森田 直/森川光樹/山崎 翔/斎田尚佳/長谷川 明/阿部嘉昭




【草の夜】
松岡政則


臭い立つような
てらつく路上はまだ生温かくて
都市の鬱など触らなくてもわかった
覆い被さってくるような
高層ビル群と
電波塔が癒着しているちょうどあの辺りが人を駄目にしているのだ
立ち止まって
でも振り向かずに
ぼくは草からきたことを話した
時々どうしようもなく押し寄せてくる草の
そのことを話した
沈黙のその引き裂かれの中にも草がくるのだと
そのことを話した
あなたは黙っていた
でも黙られるとは正直おもわなかったから
ぼくはまた歩くフリをしなければならなくなったのだ
その時
後ろから抱かれた
背中に
草がきた
都市の夜が
ずっと遠くまで止まって見えた


(松岡政則『草の人』〔06〕より)









【くつをなくした日】
大永 歩


くつをなくした日
その日は一日中
深緑のはき物が
足になじまなかった
まるで足のありどころが
そこにしかないと言いたげだった
くつはうす汚れていた
特別なんて
わたしの砂のにおいくらいだった

はき物は
風がよくとおった
つま先がかじかんだ
芯がとおってきもちのよい冷気が
足の指に絡まっていた
みがきのかかった皺は
歩くを否定していた

ごくしじゅうごのますの
いんにがににあった
わたしのくつは
空を歩いたのだ

くつはうす汚れていた
プラスチック、としろいペンキを網かけられた
青いポリバケツは
砂でいっぱいだった
だれのにおいともつかない砂だった
砂になったくつ
くつになったわたしの
足に
無数の蟻が這っていた









【九月一日】
高橋奈緒美


以前の家では
雀を丁寧に数えた
数えられた雀は
離散しては再び戻り
いつまでも数えられている
(雀の群れは数えてくれる人を好んだ)
ネズミの足音を追った
まるで昔から自分の家だったように
走り回るネズミは
いつまでも寝床を変えない
(ネズミは足音を聞く人を小ばかにしていた)
ゴキブリの餌をまいた
毒を盛られていても
知らず食べるゴキブリは
いつまでも死なない
(ゴキブリは手でつぶす人だけを恐れた)
すべてを
追い出すことにした
だけど
追い出したのは
自分だったか
追い出されたのが
自分だったか
あの人を追い出したということは
この家は誰のものになったのか
雀を数えることはしない
ネズミの足音は聞こうとしない
ゴキブリを手でつぶすこともできない
私は
この家にいるモノとしてふさわしいか
私は
涙があふれた
私さえも
追い出した









【果物】
三村京子


預かっているのにわたしは
ぶちまけました
ざくろ色やかなしい色の
預かりが
あたりに飛び散りました

人はどうとでも生きてゆける

言ってごらん
ほんとうのことを

急いでいるのです

果物のように
齧りながら
駆けてゆくことだって
できるのです

魔がさして
籠の中身をぶちまけました
少し恥ずかしかったけれど
わたしが
貪っているのは
わたしなんだから









【トースト】
二宮莉麻


トースト
をかじる
四葉の刻印が
おされている
あの子の幸せをねがった
あの子のうるみをねがった
レシピは
誰にも
わからない
あの子の中におりこまれているから

春になった
四葉が
一面に咲き乱れた
あの子が
笑ってるみたいだった
たくさんつんでかえれるように
わたしはただ
雨にいのった









【夏の落ちる】
鎌田菜穂


彼を待っていた
真夏の午後の街は
ひとがひしめいて
だれかが吐きだした空気を
また直ぐにだれかが吸う
そのしめりで
長袖のパーカーが真白い皮膚にはりつく

わたしはすこし離れて
冷たい石に座って勝手に
彼を待っていた
ニット帽をかぶった男に
援助交際にさそわれても
脚の悪い老人が
ゆるいトランクスの
隙から股間を露わしても
人混みの輪郭をみつめ
葡萄をたべながら
彼を待っていた

彼のあつい身のなかで眠りたいとおもうと
ひるまごと
夏に沈む

まぶたの内のあかるみに
まもられながら
彼を待っていた
夏の落ちるにつぶされ
ちいさくなって嘔吐きながら
ただ彼を待っていた









【つゆの墓】
中村郁子


玄武や雲母のあいだから
のぼるけむりを見つめている
しずめる香り
池の蓮はじきに咲く

血をながさない
戦争だってある
それに行くのはごめんで
さげすまれても
深く 切りつけられなかった
ひだりのてくび

まいおちる水滴の中を
のぼる
ひとびとのからだ

空へとけこむ
透明な
のぼるをじっと見つめている









【青のみずべを走り】
中村郁子


夏がちかい
さやかに鳴る木に
すこしの涼しさ

わたしの中には鬼がいると
だれかのふしあわせを楽しむ化け物がいると
伝えなくてはならないから
それらは静寂のときにわたしをのっとる
決まった道を進まない渦まく炎がくすぶり広がる
真実を知った
あなたはどんな顔をしていたのでしょう
危険な場所へと
あなたを巻きこめないから
遠ざかろうと
走ったのに

ついてきてしまった
ひと

握られた手の中に
知らなかったもの

人いきれにも
まどわされない
排気ガスにも
けがされない
もの

コバルトブルーの泉の中に
鬼は消えてしまっていた









【マコん家とボクん家と】
森田 直


集金のおばさんが来る。モニターの向こうで微笑んでいる
ボクはよく「おやが今いないんです」と つま先立ちでいった

マコん家は新聞屋で、ボクは小学生の頃よく押しかけた
プレステにセガサターンに少年ジャンプの山
新聞は玄関に積んであった
玄関と階段はいつも暗かった
ボクたちはいつも1階で遊んだ

集金のおばさんが来た。清潔な声をしていた
いつも画面を通してしゃべった
一度も顔を見ていない

マコは明るかった
クラスで人気があった
足が速かった お母さんが大好きだった
今はどこで 何をやっているのやら
マコを思うといつも マコん家の2階が気にかかった

集金のおばさんは マコん家から来るのだった
ボクは「おやが留守なもので」といった
ちょっと裏返った

思い出してみると、マコん家は暗かった
今思い出してみると、台所もみすぼらしかった
その頃は、気づきもしなかった
その頃は鼻をつまんだり、目を閉じたりしなかった
肺の奥までマコん家をすった
正直にマコん家を写し取った

集金のおばさんは なんでボクん家にまで来るのだ
集金のおばさんは みんな慎ましやかだった
集金のおばさんを どうにかしなければならなかった
気づかれないように
気づかないうちに
ボクはマコん家に全部を なすり付けていた
ボクん家では何も引き受けたくなかった

まただ。集金のおばさんが、玄関のベルを鳴らす
ボクは画面越しに 慎重に「ご苦労様です」という

ボクは逃れようがないように思いながら
染み付いてしまった懐かしさを思いながら
両親を思いながら 兄弟を思いながら
穏やかならざる胸を
優しくなでる声に
やり切れなくも もたれかかる









【銅】
森川光樹


銅を溶かしている
ビーカーを
むこうのガクランを青く
底も
天気のように
青い。
銅を溶かしている
まわる匙の時間をまぜて
下校までを混ぜようとする。
銅を溶かしている渦に
みとれる
銅を溶かしている
正体不明の
どろどろした物売りを青く
ささりそうなビルの数学的な尖端を青く
父母の罵詈を青く。
青い血をながし
のたうつ床から仰ぐ
寒い風に銅が溶けている。
私より青まない
何人かにすがっている。
青い線路をつたったさき
昔の町の
ひとらの原色を願う。









【日】
森川光樹


窓ぎわのことばをゆらし
日を描くふたりは
照っていても
めぐるためだけに
日に描かれたふたりは
それぞれの夏至に別れた
終わらない昼、
いちめんの日差しの下
黒い日々を点々と落とす裏がわに
日がまだ描かれている







【夏の前日】
山崎 翔


冷蔵庫に積み上げられた屍体を
つとめて冷静に
そして的確に処理した
泣くこともできない
ふたたび生まれ損なったものたちが
最期のちからで漏れ出す
『水音』
その濁りを
弔うことばもない
風の抜けない台所では
滞りつづけた澱と
冷蔵庫からの鈍い冷気とが
互いに互いを凌辱しあう
午前三時
静かなる政治闘争
淑やかなるゲリラ部隊
おとこは兵士に志願しなければならない
その滑稽さ
泣くこともできない
あしたは『雨』を見るだろう

横になると
冷蔵庫を積むおとこが
その老いゆえに
もう目が覚めたのか
となりで堂々と『水音』を立てている
生まれ損なったいきものが漏れ出し
湿度で満たされた六畳間のまどろみで
否応なく存在を辱められる
ぼくは
おんなに生まれ損なったことを
泣くこともできない









【のまれる】
斎田尚佳


肌の向こうの色が
わからないようにできている
煙草を楽しむことばが
ひどく黒く思えてならないように
のめば、のまれる
喉の赤の もっと奥
きっと汚れていくのだと見ていた

さよならのことばを口にできずに
指先でストローの包み紙を
六角形に変えてゆく
飲み物を重ねたグラスの中には
薄まったジンジャーエールしか
残っていない

わたしもコーヒーを飲むようになった
その色が胸を一撫でしてく









【皿】
長谷川 明



 
僕は皿を前にして
この人はぼくを生んだ人だ
この人はぼくを生んだ人ではない
物を入れながら
思う
皿の前に
添えられた
においをかみのように感じた
ずっとこれが嫌いだった
暑い皿の上に
女だけが残されている









【家を焼く】
長谷川 明


足が腐っている
噛まれているうちに
家が建ってからは
撫でに来たり
はいあわされたりした
隣から
足が三本ある
それが
家を焼いた
足がなくなってから
たくさんの家が建った
撫でようとして
やめる
まだ
燃えている









【ビデオデイズ】
阿部嘉昭


みひらきながら寝てしまい
いったん眼底まで灼かれれば
あこがれていた交接場すら
靴工場にみえてきた白くわらう
わからないことのおおむねが
求愛される側の瞑目だった
そんな目を眼がみて
視覚を滅茶苦茶にされる
おかげでひとつもビデオから
忠誠を学んだことがない白くわらう
ただ肩のかたちから骨を
はがされるような骨の組からは
肉のもちうる円さを
むだに測りつづけ
眼に数学があふれてきたのだ
かかとばかりをみて
さみしくなってゆく白くわらう
それら工作をまえにして
視ることと愛さないこととは
しびれるような葛藤だった
だから一作を観終われば
脳からは眼が不安にうかんで
顔の左右もどこかずれた白くわらう
部屋へ侵食してきた空腹に
外食にゆく足もとまでとられて
モデルとともに消えてゆくだろう
みることであやめてきたそこに
性愛の月あかりのすべて
ただかたちだけにもどってゆく
なんとさみしい愛着なのか白くわらう








 

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