▼コラボレーション

江代充のように

江代充のように






【解題】
江代充さんに「まねぶ」ということは
受講生にはとくに抵抗が少なかったようだ。
よって語彙が存分に披瀝されている。
ただし堅牢詩が目標となるのではない。

第一に静謐、第二に読解時のしずかなゆれ、
それから『梢にて』以後も参照すれば、
第三に複文構造の散文性、第四に再帰性、第五に描写性、
これらが目標となるだろう。
この条件がすべて整備されて、
とんでもない再読誘惑性が来る。

今回は学生から提出されたどの詩篇も
緊張感と静謐と圧縮にみちているが、
認識の再帰性によって
第一認識と第二認識に、
いわば「序数喩」が生じるところまでは
世界を展いたものが少なかった。

とはいえ傑作が噴出した。
あきらかに「詩手帖」投稿欄より良い眺めだ。
『昇天 貝殻敷』からの参照が多かったようで、
結果的には十行以内の短詩篇集に近づいた。
ただし全体が一文か二文で構成される
『梢にて』以降の詩篇も散見される。

最高点は三村京子さん、
次点は柏谷久美子さん、山崎翔くん、荻原永璃さん。
いずれも、二回ていど繰り返して読むと
全貌が、まさにその行の順番どおりに
明白になってくるだろう。
当然、要約などできない。

それと三村さんの詩篇は
冒頭の「文法破壊」気味の行運びもゾクッとするが、
江代さん、それと次回にあつかう貞久秀紀さんの
「数」「数詞」の問題にも最後の二行で肉薄している。

単純にいえば、世界は「概数」で捉えたほうが、
その内密性の秘密を明かすということだ。
正岡子規の「鶏頭の十四五本」が念頭にあるとは
ご両人がぼくに明かしてくれた。
逆にいうと、「数えること」で
世界は冷たい外在化に堕ちてしまう。

今度も冒頭に、江代さんの詩篇を置いた。
(阿部)





江代充のように

大永 歩/三村京子/二宮莉麻/中川達矢/
長谷川 明/柏谷久美子/森田 直/川名佳比古/
斎田尚佳/渡邊彩恵/斎藤風花/森川光樹/山崎 翔/
荻原永璃/中村郁子/長野怜子/阿部嘉昭





【ユダ】
江代 充



私は水を把握しようとし
石のように持つことができず
血ばかり流した

かわいた木の枝から
女のように恋人の家をうかがうと
背後にはエリカの枯木が見え
わたしの肉体が先取りされたようで
暗くなっていくことを覚えた


(江代充『昇天 貝殻敷』〔83〕より)







【落下する影】
大永 歩



煌々と熟れた柘榴の 芳醇な彩よ
舞いあがる刻の蒼穹の渓流に
あなたは骨がちの枝を這わせる

長いよるの円環を掌握しきれず
ひと知れずエリカは過去の書を繰る
薬の爪のはじらいよ ほどける雪よ
真珠はふたたびすべり落ち 落ちるように飛ぶ





【日の速さ】
三村京子



石段を上ってゆくと
蔦と雑草とが木霊する血のめぐりを
わたしが日の奥へと沈んでゆき
教えられたことが
歩きの内側で出血してしまう
日の速さに行きつく
樹木の陰を過る猫に
横顔を掠めとられながらも
この手が見えている
丘の上の舗装路では
見えていることを数えた輪郭により
数自体の啓示を把握していった







【聖夜】
二宮莉麻



重厚な厚みにふりかかる白粉
あなたの肩をふみしめ
血塗られた数千年を星にしずめる
広げた讃美歌をつきぬける 歌声は淡く透き通り
間接的に森を折り曲げる
鼓動が地面を破壊させ
私はただ深緑にあなたを想う







【宿命】
中川達矢



憐れみを求めて祈りを捧げる満月の下で
ふたたび金や香や薬を待ち続ける母の姿を想い
知らない 知らないと裏切られ
ゆくゆくは磔刑に処される運命を捨て
四十日四十夜見守るしかなかったのか
海は裂け 天は曇り 地はどよめき
洪水が訪れようとも変わらない原始として
言葉は初めにあり 神と共にあった
わたしの役目は再臨への待望だけで
それ以外に拾う神は必要ない







【超能力者】
長谷川 明



風の吹く日にわたしは自転車への誘いをする
誘いには午睡がはんぶん流れ込んでいて
その海に長細い連絡船はたゆたう
秋に撮った家族写真には立ち枯れた一族が写りこんでいて
青白い顔の超能力者はかばんを開く
背中にもっと美しい形が滲んでいる
分からない言葉は空中に浮かんで
言葉の心臓はくるくると回る
超能力者は港へと向かった
外国に知る人は一人としていない







【砂】
柏谷久美子



森に足を踏み入れ
何度となく行き来しただろうけもの道を
水音をたよりに歩いてゆくと
枝からぶら下がった二匹の蛇が
かれとみた藤の花のようにわたしを見下ろしていて
砂利でふちどられた川に近寄り
水に沈んだ砂に隠れたみながひしめき合う声を知った
とおくの川の向こうには
ついさっきまで丸かった綿毛たちが
浸食されるように欠けてゆき
生い茂る枝に振り向きもせずすりぬけていった







【四角く割った】
森田 直



四角く割った視野の内部で
風が吹き 無数の線がたわみだすと
左端が青く光って モノクロが溶ける
燃されているのだと解るのは
私が手前側であると認識している証拠で
この世界に奥ゆきがあり
それでいて区画のなかの 線は切れ はね
ある偶然によってのみ結ばれることの愉しみを
問題なく享受し 会得していることへの
なにか夢のような自らへの そのまぶたへの精一杯の投石で
間接的な言い訳なのだろう







【血液】
森田 直



心臓を破って生まれた小鳥も
東京の雑種と交わって
今や群れをなし 渡り鳥に化けて
南の方まで飛んでいってしまったから
残ったものは残ったもので
しかたなく新しい嘴を形作り
縫合された心臓の ぎこちない襞の中に育ち
今やその合理的な破り方を腹の中で知って
出ていくに適した
暖かい季節を待っている
古い青色の血液を飲ませる
わたしと話すとき
怯えたように笑う



 





【夜よりも深く】
川名佳比古



夜よりも 深く 
降りつもるさざ波の 
寄せてはかえす 幾億のすき間に 
骨をうずめている
その衒学的なしらべの 揺らす月影のおもいでと
少女の頬を濡らす 雨のしずくとが重なり
やがて鈍色の目覚めがおとずれる







【透る】
斎田尚佳



紙をめくる指先にみとれて
目があうのを恐れて下を向いたら
羽ばたいた鳥を見失ったけど
いつの間にか重なった音だけが
私の宙ぶらりんな素足を覚えてる
かどの取れたガラスの欠片をもてあそんで
君とことばを交わせるか知れない
何色なのかもわからない空の中で
見えないくらいが きっと上手く過ごせる







【残鶯】
渡邊彩恵



藪の中から飛び出した
オリーヴグリーンのちいさな影は
残桜の枝々を翔け
ひと鳴き
声は辺りにめぐる
いったい 誰を求めるのか
柔らかな日差しをさえぎり
儚くゆらぎ
邪魔だと云うように
わたしをおいて 実をついばんだ







【息】
斎藤風花



隠され煤けた炉の中から小さな息がきこえる
わたしの思考が上水でしずかに雲になるときを待っていれば
炉に嘲笑われる
高らかに笑い 清らかに微笑むふりをする
炉の中に棲む年端のいかぬ少女はまた
ひとりのちいさな女でもあるらしい
澄んだ眼でわたしをなじり
つめたくあかい純朴な頬で煤けた炉を灯す







【流浪】
斎藤風花



その一重まぶたの人生を常々考える
白いデザートに乗った芥子を 宝物のようにじっと見つめているその瞳は
遠い故郷の面影を映し
またその故郷が もはや完全なる故郷であることを告げている
そろそろ還る時が来たと その一重まぶたはいう
早すぎようと遅すぎようと 時の自尊心は厳粛を保ったまま
否定せず 抗わず ゆらぐ柳の枝のしなやかさを息子へおくった







【傍受】
森川光樹



見上げる夜の重みに折れ続ける声の
埋葬を赤帽の瞳の奥に求めたが
黙っている私を数える指先が
否定した影のひとつの中で
笑う奴隷達を焼かなければならなかった

都市に包装された球の海を反芻し
猫の待たない坂を登る帰路
私から海の声までを数えようとした







【舞踊】
山崎 翔



狭い路地を抜けると
壁と壁とが落とす雑然とした影の中で
踵はおもむろに回転をはじめ
跳躍と屈伸とを通し
繁茂する雑然のそれぞれを書き換えていくのではあるが
その痕跡も
いつかはひとつの欠伸とともに
正午の陽が映した広葉樹の若い葉脈につつまれ
靴音が盗まれていくことを知る







【母】
荻原永璃



およそ祈るかたちというものは
橙色のひかりのなかで
くずおれた白バラや百合の集積
またその発酵したものを嘗めるようでもあり
わたしたちのための賛美は
千の鼓膜を糸でつらぬき
真夜中に
天上へと吸い上げられる
搾取にも似た呼吸の音楽を
かつて母は知っていた
湧き上がり燃え上がるものを
その腹部へいだいていたことを
回天する焔をひとりかかえ
やすらかに微笑むことを
朝靄のなか 母は舞い降りる







【こうかい】
中村郁子



リンゴの青が 水に洗われて重い
わたしは錆び色の白布のなか

ちいさな人が 木の上を行き交う
オリが嫌だと叫んだ鳥は
あま水としお水で羽をやられながらも 東の空へ旅立った
星の海の果て こわしたものは直せるか
あかい体をひきずっても 君はわたしを受け入れるのか




  






【あっち】
長野怜子



きのうの爪を取り外し 裏に返してのぞくと
煌々とした銅のマニキュアがしたたっていた
やがて端くれがはもんを生んでとびちると
わたしはかわをへだてた向かいに目をやり
ふかく深くしせんを掘りすすめた







【点国】
阿部嘉昭



点をうったそこがひとつの国になるとき
ななめからのみおろしが拡がってゆくのだから
野にかくれた七草もたがいをかなで
書くことだってしずかな点前となるだろう
たがやすためになにかを立てなければならないが
ひとしれず、わざまえは身へと反響して
けっきょくその身だけの最後のひとしずくが
たらない容積すべてをみたすのだから
書いたあとにかわらずのこるものも
かわらぬそよぎをきわめてただ落ち着く








 

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