▼コラボレーション

井坂洋子のように

井坂洋子のように






【解題】
井坂洋子さんの詩篇はまずは多元的だ。
そこには「身体」「心情」「風景」「記憶=極私性」「謎」
「散文性」「男性性」「箴言性」「不足性」「性愛」など
「層」のことなるフレーズが混在しながら
そのそれぞれにはかつて達成された
最高峰文芸への畏怖も上乗せされてゆく。

それがあるから井坂洋子の詩は
ときに難解であっても
けっして高踏派の印象をもたらさない。
ブッキッシュな生からの切断も物をいっている。
そしてむしろその詩行、もしくは文連鎖の、
しずかな「運動神経」に魅了されてゆく。

用語的な問題でいうと、
井坂さんの語彙には偏奇がない。
ないからこそ、「不気味」を掘り当てる。
あるいは「不気味」が中庸性のなかに置かれるから
「不気味」の効果を発揮する。
そうした発現は
とうぜんながら虚仮脅しとも程遠い。

詩性の中間領域をつらぬく
川幅の豊かな流れに憧れることが
井坂洋子に憧れることだとすれば、
それはそのまま「詩に憧れること」と同義なのだ。

今回「井坂洋子のように」の課題にたいし
提出された詩篇の出来が素晴らしいのは、
まずはそうした「憧れ」に
受講生が感応したからではないか。
同時に、他の課題をつうじ、
「圧縮」の呼吸も学ばれはじめているためだろう。

いずれにせよ、語彙が限定的な詩作者への「まねび」と
語彙が生活的で無限定とみえる詩作者への「まなび」では
後者のほうがやりやすい、
という受講者の傾向がつづいている。

なお、井坂洋子の詩は前言したように
その特性が多元的なので、
受講生にはふたつの道筋から
「まねび」の方法を選択してもらった。

ひとつは、「記憶」を繰り込みつつ
それが極私性の謎と、同時にふかい共感を促す詩篇。
もうひとつは、井坂「海浜通り」を参考に、
諸文芸の諸層を生きながら
いわば現在の自己身体を抒情的に「層化」する詩篇。

このふたつのどちらかが選ばれることで
提出された詩篇の全体が豊饒になったといえる。

いつもどおりに評点を。
最高点は三村京子さんの「紫や水色がとまらない」と
荻原永璃さんの「南のある校庭」の両方に
(「最高」という形容と矛盾することになるが)。

荻原さんの晦渋さはとても綺麗だ。
三村さんの詩篇は、
最後の聯で読者の頬を打ち、
読者を泣かさずにはいない。
井坂的「不足性」よりもさらに暴力的な「不足」が
そこに現れていて、
井坂さんの影響圏からの脱出口すらしめされている。

次点は大永歩さんの「群青」と
中村郁子さんの「岬にて」。
どちらも色彩に感応することで
感応する身体が詩篇奥に隠れているとあかす。
その間接性が色彩よりもさらにうつくしいとおもう。

例のごとく模範作例として
井坂洋子さんの詩篇を一篇、引用させていただいた。
(阿部) 




  
井坂洋子のように

依田冬派/大永 歩/三村京子/鎌田菜穂/中村郁子/川名佳比古/
高橋奈緒美/森川光樹/渡邊彩恵/斎田尚佳/長谷川 明/
荻原永璃/山崎 翔/森田 直/中川達矢/阿部嘉昭





【海浜通り】
井坂洋子


小雨の振る朝
大海原ではなく
風呂で溺死することがある
それは小さな死だろうか
おとなしい人間にふさわしい

海に面した庭園の
天に向いて翔〔かけ〕あがらんばかりのペガサスの石像は
黒く錆びてこころを入れないように閉ざす

きょう会っておかなければ 二度めはない
なのに藍色の海などわきめもふらない
波同士の白いあぶくの語らい
いつもそうだ
その場の私が
別の場の私と連結することを
延期している

背なかから愛してやってもいい
というふうに椅子は並んでいる
人格などいらない

ビリヤードの緑のやわらかな盤面を
玉はいくども空しくめぐる
それは小さな生だろうか

現実は一着のお気に入りの服に如かない

じきに雨もあがるだろう
海は凶悪な黒い雲が切れて金色の光が洩れている









【別人の朝になるまで】
依田冬派


せいかつの靴を脱ぎ捨て
地面がもちあがる
そのまま
曲がり角を折れると
楽器に似た犬が吼える

いきを殺しても
気配は岩肌のように
初夏にさらされ
いまを過ぎ去ることができない

ならば
隣人がいないあいだに
わたしは意味を
削ぎ落としてしまいたい

ひとがみな記号となり
楽譜に体をたたむとき
黒い海は何度も森をのみこむ









【群青】
大永 歩


まどろみのふちは
なめらかなカーブに
落差を内包する
うでを目にうつす
糸を拠りあわせ磨りあわせ
そうした生命の天と地は
春に
斜塔をつたう蝋ににていた

悪を秘める私を
わたしがかかえる
しかし私は悪ではない

かかえこんだ質量は
はだけた白のなかの
あかい肩の
ふるえの
さざめきに とける
男は歴史書を紐解いていた
文字は読めなかったが、紐は読めた

群青のまどから
夕やみが射していた









【紫や水色がとまらない】
三村京子


通い慣れた路線だけが
呼吸や寝息に寄り添う
もうじきあじさいが咲く
愛していないのかもしれない
ごっそりと
そこだけ抜かれている
小さくて足りない
チョコレートの粒
溶かすと舌の奥も消えてしまう

わたしがいるのは
数年の記憶
愛の行為など
地下通路の急ぎをゆく
雑踏にすら溢れている
それで次の一歩のかたちが
どうしても思い浮かばない

水の工場で
らせんをつくっているひとをおとなう
冷たくつき返されてもなお
紫や水色がとまらない









【夏の口づけ】
鎌田菜穂


おもい午後を
うごめくあなたの舌の
においを
舐める

学校の裏の道はいつも空いていて
空をいくら飲みこんでも
空っぽのからだの輪郭に
穴が空くだけ
そこに親指をいれたがる

世間は金色のテープ
うまく剥がせないわたしを
わらう爪とひとたち

腰で二回折り返した
制服のスカートの中を
生きるわたしの下半身

あなたの上半身に
冷えたコーラがぬきとおる









【グレーの苑】
中村郁子


風化したどこかの
王国の地図を見つけた
みなみの島の泉に
ぼうしを落とした
友だちが泣いている
チョウになれない
幼虫が草を食み歩く
熱砂が住みかの猛獣も
ひとの肉などいらぬよう
岩に寝そべりあくびをして
そしてわたしも
造り物にあきあきする
太陽もなければ
雨粒もなく
もし居場所がなくなっても
丘陵が迎えてくれるでしょう
表紙のオスのライオンは
かわいくもなく不愛想に
そこへ戻れぬ
わたしをみつめている









【岬にて】
中村郁子


めまいを起こす昼下がりに
わたしは沈没する
青すぎる海に
澄みすぎる海は
口を開いてわたしを待っている

航海の守り神なんて
創造、想像のものなのに
すこしだけ上がった口角が怖いのに綺麗だと思うから
深海へといざなっていく
たわむれはやめてほしい

保障はない
青を通り越した黒い海からは
かえってくるという約束はできない
どこかの魔物か怪物か
なにかに引きずり込まれてしまったから

その中に時折白く見えるのは
たましいだとは思えない
螺旋階段で迷い、選べぬ海の地図
けれど求めたくない

白い装飾の扉も下界につながる手段でしかなく

暑さはひいてきた
ながれた時は青に沈没せず橙と黄金の中をすすむ









【下校時刻】
川名佳比古


五七五の言うとおり
はるか頭上を這いずり回る
蛇の腹をなぜるように
白くほそい腕をかかげながら
町をめぐるコンクリートの血管を
小石をいじめながら横切る

かたむいた夕暮れが
靴の踵に忍びこむ

人々の瞳孔から染みだした
大小さまざまな濃紺は
その領分をゆっくりと広げる

田んぼに落ちた小石は
はたまたその水面にうつる蛇に
飲み込まれてしまったようで
しょうがないので
つぎは木のほそい枝を何本か
むしりとってゆく

いつの間にやら空から
夕暮れはその姿を消し
深い夜のきざしが満たされ
ぽっかりと開いた孔からのぞく
ぬるい視線をさけるようにして

家のとびらをくぐる









【笑顔】
高橋奈緒美


ただの笑顔
私が見たものは
朝の光の中で
少女は椅子に座り
にわの雀を見ていた
振り向いた瞬間
顔をくしゃくしゃにさせ
老婆の顔へと変貌した
合わせた手は
誰のためにあるのだろう
老婆はどこでも
経を唱える
こどもたちは聞きとれずに
替え歌を口ずさんで遊んでいた

笑顔なんていくらでもあげますよ
とコンビニの店員
テレビも雑踏も
メールも
裂けた口からきしむ音がする

老婆は車椅子に座る
空が暗くなる中で
私が見たものは
ただの笑顔
闇は
手に押しつぶされていた









【下校】
森川光樹


ゆきかう机をはなれたとこで
モップを胴にさしても死なない奴が
嘲笑う手つきで
立方体を描いたが
そのしずかな力が伝播し
僕は無表情になる
写真のような大窓の中
写真のように止まった時間
を加算しつづけ
掃除はおしまい
教室の四隅は髪だらけのまま

つかれた

ガラスごしの夕暮れの下
うつりよく点滅して
帰る僕らの無表情は
駅で荷物になるのか
あの嘲笑への









【背】
森川光樹


シダが呼吸をくすぐり
肺も暗い森になる

決められた町で
決められたままに
樹はのびては、かられ
水は四角池におさまりつづけたある日
はじめて背の高い少女が泣いたが
泣くことも決められていたのだ

みんな行き先を知らず
馬のように立ち止まる町をよそに
樹と水があふれる森で
微笑む背が低くなった女を
シダでかざりつづける









【礼拝】
渡邊彩恵


白い段ボールの中にある
閉じられた聖歌集を
みつめる
2本の揺らめく蝋燭
吊りスカートの自分が
ヨハネによる福音書の朗読をして
チャプレンは今日も
せっかくの面白い話は聞き取りにくい声で
そんな事だから
後ろの後輩たちはおしゃべりばかりしている
一度だけ
五月蠅いんだけど、
と言ってみても
二月もしたら
忘れている子たちだ
背後の扉からは
朝もやの日が流れてきた頃
パイプオルガンが響く礼拝堂に
アーメンと
久しぶりにほこりを払う









【雨の日】
斎田尚佳


湿り気を帯びた
格子模様のプリーツは
重みに耐えられずに
小皺をきざみ
泣いてる窓の向こうで
海原を拭おうとしてる
上履きに広がる生暖かさの
処理の仕方をしらなくて
お互いの指先で弄ぶまま
脇に汗がたまるようだった
気づかれないようにそっと脱げば
当てられた硬いリノリウムが
私の芯を冷やしてく

白く戻っても
抜けた色はわからないのに
はりついてたブラウスの肌色は
きっと何も隠すつもりはない
柔らかな動悸をひとつずつ寄こして
知らないふりをしてた









【駅】
長谷川 明


お疲れ様には
例えの時間があふれて
音楽を聞きながら
あの坂をのぼった
女の子のにおいの国へ

電車では
手をつながないようにと
言われているようで
交換は
僕の中で動かないまま
  
音楽の授業で
大きな声を出した
赤い顔をしながら
喉を確かめる指に征服がある









【南のある校庭】
荻原永璃


窓はいつも南側にあるもので
南側はいつも窓である
午後の白が乱反射すると
カーテンは映像幕であるので
微量の塩素を介して
教室を反転させる
投影される体育の青
上履きは外まで履いていけるが
世界には接続できない
学年色の比重を利用した
ホルマリン漬け
制服の胸元の陰影
切り倒された桜
積みあげられた岩波文庫
雪崩る
(皆さんが静かになるまでにかかった時間X)
あまりにも布が薄いので
自衛の策を練らなければならないことを
どうしてわからないのか
下駄箱に
子宮を抱えて収まる
白墨の降り積もるのを否定し
呼吸した塵は
紫煙と共に排出する
飛行機雲
黒板にひかれた直線
投げ出された脚
上履きを放棄するとき
交差するX軸とY軸の上に
一斉に
紺スカートは咲き乱れ
明るい歌声と共に
成層圏へ
駆け上がる









【金魚】
山崎 翔


音楽室が
穴だらけの壁を軋ませると
せっかくのこえというこえも
健全な思想を纏って
半袖の袖口から
ふたたびぬめぬめと侵入をはじめる
夕刻の合唱というものは
実にそうした退屈である


ふと
紙魚を一匹
かばんの中に見つけ
すぐさまポケットティッシュ越しに
つぶす
つぶした
そのほんの数秒間のうちに

すべての皮膚の一センチ下で
暴れだした無数の金魚のなか
ひときわ熱を帯びたひとつが
真っ赤な尾ひれを呻かせて
ずぶ濡れの青白い顔で聳え立つ大型団地の隙間から
どろり
と這い出していく









【帰路】
森田 直


酒田から新宿まで眠気を運ばせて
のどぼとけの裏側か 脇かに
つかみきれない鈍さを感じたまま
重い胴体を
より重い四肢を降って
前へ前へ
そのまま
目白へ

見知らぬ人が大勢眠っているなかで
ひとり 眼を開いているのは
なぜか
思い出のようにこそばゆく
まぶたを無理に横たえて
よく冴えた耳だけが
路面を心地よく滑った

人間は嗅覚が鋭敏なのに
いつからかダメにして
犬のように暮らしている

目と耳にばかり頼って
全身に筋肉痛をかかえて









【スタンド バイ ミー】
中川達矢


富山に死体があるらしい
父親がそれを見るため
先に家を出た
雪の降りしきる線路を越えて
無礼なインターホンを鳴らしてしまう

あかとかきいろとかの
チューリップが咲いていた道路の
横にはスプリンクラーの
雪解け水を飲む排水溝を渡り
いつもの記憶をたどる
夏に来るのが最適だった

時間が現実を刻んでいくが
目に見えないものを信用できずに
ゆらいでいくこの私の
ネクタイが映えてしまうから
畳の上で小さくなって
これからの儀式を見守っていく

本当に驚愕した出来事を言葉で言い表せない

父親が泣き崩れる姿に
言葉を失ったふりをして
涙を飲む








【一列】
阿部嘉昭


手がいっぽん多いので
将棋に向かないといわれ
草などをむしっていたのが
振という字だろう
まえがみの隙間から
旧いまちの空をみあげた

蔵の屋根屋根に立ち
平坦をつくっているのが
ぼくのおもう数人だが
その俯瞰図が盤面であれば
手もすすんでいるのだ

あおむけによこたわり
酸をすすっていた
あの梁はなんのたなびき

類推がまわりの家をしたがえ
ぼんやりひかっているとき
ふさのようなものが
家の分泌のかたちとしてある
そのおもみを胃袋にのせようと
こどもながら坊主に似てゆく

火の代わりを
まだ空気にかんじているのか
新さんをかすめるように
おもいだした思いもとおりすぎる

やはりぼくが一列多く
脾臓をやけどした



 







【海峡ホテル】
阿部嘉昭


虫めがねをあて
胡蝶の翅のふるえ
この世でない迅さの野蛮を
ただ見、ただ畏れる
そうアフリカは簡単にみられる

こうして
つながるもののせいで夕方にスコールがふる
たちきる身ぶりでなされる着替えも
それじたいはなやかな部屋着の数珠だろう

からだは舟に似ている
あきらめだけが寝台をめざす

もうしぶんなく虫めがねをはずし
ひらいた窓へ顔をむけて
磯でも浜でもない
海岸線の存在を頬に知る
たんなる浸潤をしめす
たいくつな線があるのは
頬がもう老いているということ
地球だけおおきくなり
うしろから、愉しまれる

往路にも順列があって
それだけで行き先がふえていると
おもう錯覚に
脚がかがやいている
見おろす別荘地のくらい夕暮れにも
それだけのものがないと

つらぬかれれば
わたしが倍速になるといわれる
からだの尖端がゆれるのではなく
自己蒐集がとまらなくなるのかもしれない
けれど海峡ではないだろう本当の中間は

この性愛の一冊のおもみ
したしい指からは
破船の雫を拭われる







●同じカテゴリー「コラボレーション」: リンク一覧

up